ハロン神殿での緊急御前会議が終了し、その場は解散となった。その後、政務局長であるパトラウスはハロン神殿の中心部にある謁見の間へ向かう。
女王セレスティナと謁見する大切な場所である。女王の性格を反映してか荘厳な作りではあるが、過度な調度品は存在せず代わりに花壇が設置されている。そこに植えられた彩り豊かな草花が、訪問者に無用な圧迫感を与えぬ一助となっていた。
今回は人払いが徹底され、近衛兵すら居ない謁見の間でパトラウスは静かに待つ。そして気配を感じるとその場に平伏した。
部屋に入ってきたセレスティナ女王は静かに玉座に腰掛け、白衣を脱いだティアンナがセレスティナの右隣に立つ。二人は視線を交わして、ティアンナがパトラウスへ声をかける。
「パトラウス政務局長、顔を上げなさい」
「御意のままに、ティアンナ様」
静かに顔を上げてその場に立ち上がる。跪いたままの相手との対話を嫌うセレスティナの流儀に則ったものである。
「此度の事件は、私の統率力が不足していたことに端を発しております。種族間の和を乱し、更には女王陛下のお手を煩わせてしまったのは全て私の不徳故の事。如何なる処罰も甘んじて受け入れる覚悟でございます」
パトラウスは再び深々と頭を下げた。その姿を痛ましげに見つめる姉をみて、引き続きティアンナが口を開く。
「起きてしまったことを追求するつもりはないし、姉様もその様なことは望まない。まして、常にアードのため励まれている貴方を糾弾する道理は無いわ」
「はっ、勿体無きお言葉」
「それに、私も少し熱くなりすぎた。お陰で姉様に叱られてしまったわ。そもそも、事を荒立てたくないと言うのはティドルの願いでもあるのに……私もまだまだね」
「その様なことは!」
「良いのよ、頭に血が昇ったのは確かなんだし。それで、姉様が改めて釘を刺したわけだけど。これでこの問題が解決すると思う?」
ティアンナの問い掛けにパトラウスは静かに首を横に振る。
「残念ながら、それは出来ないでしょう。この問題の根深さは我が姉より聞いておりますが、簡単に解決するとは思えませぬ」
「私はその問題の本質を知らないのだけれど。姉様が話せない以上、貴方を問い詰めることはしないしその資格はない。本来私は政や身分から身を引いている立場なのだから」
「ティアンナ様……」
「今回はやり過ぎたと反省しているわ。今後も政には口を挟まないから、ただの科学者ティアンナとして扱って欲しい」
「宜しいので? このままハロン神殿にてお過ごしされることも出来ますが」
「女王の妹が出て来ても今回みたいに混乱させるだけよ。それに、ティナにはまだ秘密にしておきたい。今やっていることに集中して貰いたいからね」
「左様ですか……」
パトラウスは少しだけ残念そうな表情を浮かべる。そんな彼をみて、ティアンナは姉を見つめる。
「ただ、今回はどう考えても私情で政に口を出したし姉様にも我が儘を言ってしまったのも事実。今更無関係等と言うつもりもないわ。これからは定期的に神殿に来て姉様と会うつもりよ。それで良い?」
「おお、それは……なんと心強いお言葉。女王陛下も御心を安らげることでしょう」
「大袈裟よ、政務局長」
だが、確かにパトラウスはセレスティナが表情を和らげるのを感じた。以後、ティアンナは数日毎にハロン神殿を訪れるようになり、最愛の妹との語らいは心労の絶えぬセレスティナ女王に安らぎを与えることになる。
同じ頃、リーフ人の居留地となっている浮き島の集会所は、鬱々とした空気が場を支配していた。今回起きた過激派による暴走は、その悲願を果たすこと無く失敗に終わり種族間の問題へと発展しかけたのである。
幸いアード側が和を乱すことを嫌ったので大事にならずに済んだが、代わりにセレスティナ女王による干渉を招いてしまった。
「族長、まさか女王が直接言葉を掛けてくるとは……」
「セレスティナ女王の直言か、これは我々が考える以上の影響を持つ。アード人は狂信的な面が強い。女王の直言があった以上、もはやアード側が異端の件で譲歩することはあるまいし、表沙汰にすることも出来ぬ。全く、女王への狂信的な崇拝も考えものだ」
自分達を棚上げし、アード人が聞けば眉を顰めるような言い種である。
「では、マンガン達は……!」
「残念だが、罪人として処する他あるまい。墓所を作ることも許さぬ」
「何と!彼らは英雄として遇するべきところなのですぞ!」
「仕方あるまい、それくらいせねば示しがつかぬ。何より、アード側が納得するわけがない」
「なんと言うことだ……一族の未来のため命を散らした勇士を罪人とせねばならぬとは……!」
場が嘆きに包まれる。
「マンガン含め殉死した三名の家族も処罰せねばならぬ。しばしの謹慎を命じる。この件は私も預かり知らぬこと、志には感服するが功を焦ったばかりに事を仕損じ一族全体を危機に陥れた。その罪は裁かねばならぬ。御一同、軽挙妄動は慎むように。しばし、時期を見るのだ」
フリーストの決断に誰もが項垂れる。だが、彼らはその怒りの矛先を別へ向けた。
「ならば、マンガン等と行動を共にしながら殉ずることもせずのうのうと生きているあの小娘を断罪すべきだ!」
「そうだ!やつの存在は、勇士達の功績に泥を塗る結果となった!せめて我らが手で処さねば勇士達が浮かばれぬ!」
「しかもあの娘の妹は、よりによって忌み者と行動を共にしている異端だ!或いは、やつがマンガン等を売ったのやも知れぬ!」
熱に浮かされたように生き残ったフィオレの断罪を声高々に唱え始めたのである。それは生け贄を探し求める狂信者と変わらぬ姿であった。
「残念だが、それも出来ぬ」
「族長!?」
「件の娘だが、アード側より不審が見られるので保護した上で取り調べを行うと通達があった」
「なんと!」
「先手を打たれたか……所在は?」
「分からぬ。面会その他も全て拒否された。パトラウス政務局長の態度から察するに、或いは女王の意志が働いたのやも知れぬ」
「もしや、セレスティナ女王は我らの結束にヒビを入れるつもりなのではあるまいな?」
「それは分からぬが、最近は里でも若いものを中心にアードの技術や文化を積極的に受け入れようとする動きがある」
「ふん、掟や伝統を軽んじる青二才には困ったものよな」
「とにかく、今は事態を静観する。一族の結束をより強固なものにするための時間と心得よ」
リーフ側も怪しい動きを見せている。
「……。」
「懲りないわね、あのミドリムシ共。でも、若い子達が旧い慣習を壊そうとしているのは朗報ね」
全てセレスティナ、ティアンナ姉妹に筒抜けなのだが。