ドアは開かない。窓もない。見たところダクトらしきものもない。打つ手無し。
本当にしなければいけないのかもしれない。
「どうしようか」
「………仮にさ、ヤるとしてどっちがどっち?」
「…………そういう話になるよね」
「テツはどっちがいい?」
彼に聞けば目を泳がせながら顔を赤くする。
「えぇ……り、リト君は?」
「テツが最初答えてよ」
自分から言い出さないだろうとは思ったから逃げ道塞いで様子をみる。俺の視線から逃げるようにそっぽ向きながら普段じゃ考えられないくらいの小声で答える。
「………………だ、抱かれる側」
「……俺に遠慮して言ってる?」
「いやぁ、だって……だってさぁ。俺がリト君のこと抱けると思う……?………経験だってないしさぁ」
「経験は俺もないよ」
「……遠慮じゃないよぉ。本当に」
「本当に?」
強張っていた空気感が段々と普段の調子の会話のテンポによって徐々に軽くなっていく。
「本当に本当だよ。そういうリト君はどっちがいいの?」
「……そりゃ、抱く側なんだけども」
「じゃあいいじゃない。そんなに何度も聞かなくても」
「こういうので後々後悔したら嫌でしょ。お互い初めてなんだし」
“初めて”という単語に彼はまた顔を赤くした。何処までいっても初心で可愛らしい反応をする彼が愛おしい。ついつい構いたくなってしまう。
ベットの端。彼が座っている隣に並んで座って腰を抱き寄せる。
「な、なに」
「怖くない?」
「え?」
「経験ない俺に抱かれるの」
腰を抱きにいったのは構いたくてだけれども、今の確認は本当にしておきたいことだった。
「……怖い、けど。その、誰でも初めてはあるだろうし……その……最初の……ぁ、相手が俺なのは、嬉しいかなって……」
「そっか」
頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にした彼の頬を茶化してつつく。彼はぎゃいぎゃい言いながら腕から逃れるとそのままの勢いでシャワー室へと入って行った。
シャワーのざぁざぁと壁に当たる音が聞こえて息を吐き出す。
性欲は人並みにあると思う。彼が恋人になるまで他人とそういう行為をしたいと思ったことがなかったから経験がなかった。
恋人とのセックスが必ずしなきゃいけない必要事項とも思っていなかったから彼とは比較的健全な付き合いをしていた。
それで満足だったし、2人でくっつきながらゆったり時間を過ごすのが好きだから他に求めなかった。
本当に。嘘はついてない。
ただ、密かに野心はあった。
もし、行為に及ぶなら愛情表現としてグズグズに彼を溶かしてみたいという願望。彼に言わなかったのは想像だけで事足りていたから。
もしそれが出来てしまったとして負担が大きくかかるのは彼の方だから。
その想像だけでやり過ごしてきたことが今、叶ってしまうのでは?
そう考えるとなんだか落ち着かない。テーブルにおいてある例のやり方が書かれた紙を良く読んでみたり、空いたスペースを歩き回ったり。
宇佐美は落ち着きなく時間を過ごした。
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