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#ローファンタジー
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6-1◆黒い喝采と反逆の前兆◆
それは静まり返った教室に一瞬だけ奇妙な均衡をもたらした。
だがその薄氷のような均衡を最初に打ち破ったのは、やはりあの男だった。
三好央馬が、嘲笑という最も原始的な暴力で、俺の言葉を粉砕しにかかる。
「はっ、事実確認だあ?てめえ、何様のつもりだよ、音無。
奨学金で入れてもらってるだけの観客席の分際で。いつからこのクラスの意見を語る権利を得たんだ?ああん?」
あまりにも直接的でそして的確な「身分」の指摘。
正論は時に悪意の前ではかくも無力だ。
教室の空気が、再び彼が望む怠惰な、しかし居心地のいい多数派の側へと一気に傾いていく。
「だよなー」
「つーか誰だよ、あいつ」
そんな囁きが聞こえる。そうだ、俺は誰でもない。その他大勢だ。
そしてその歪んだ空気を肯定するように教壇の上の神(烏丸)がその最終的な「神託」を下す。
彼はまず俺と三好を交互に見て、困ったように眉を下げた。
「まあまあ二人とも落ち着け。だが三好の言うことにも一理ある、と先生は思う。
音無、君のクラスを想う気持ちは立派だ。
しかしその君の『理想』をクラス全員に押し付けるのは、それはまた別の暴力になりはしないかね?
我々はこのクラスの和を何よりも尊重するべきだ。分かるな?」
ああ、分かる。分かりすぎるほどに分かる。
「和を尊重する」という美しい言葉を使って、烏丸は俺の「反逆」をクラスの和を乱す「悪」だと断罪したのだ。
これが世界の仕組みだ。卑劣な同調圧力(仲間)と怠惰な権威(大人)が手を組んだ時、
たった一人の正しい声などいとも簡単にかき消される。 俺の周りから音が消えていく。
クラスメイトたちの嘲笑うかのような顔が歪んで遠ざかっていく。
(結局、俺はまた負けたのか)
絶望が俺の心臓を冷たい手で握りつぶした。
――その時だった。 キィィン、と耳の奥で、
今まで聞いたこともない金属的な高い音が鳴り響いた。
目の前が一瞬、真っ白に点滅する。 そして俺は見た。
勝利を確信し満足げに、するとどこか俺を見下すように微笑んでいる烏丸のその顔。
その穏やかなはずの教師の顔が、ほんのコンマ1秒だけ、
まるで仮面が剥がれ落ちるかのようにぐにゃりと歪み、
その下に隠された信じられないほど醜悪で冷え切った侮蔑の表情を。
(なんだ、今のは?)
幻覚か?疲労か? いや違う。
俺のこの両の眼は、確かに今、この世界の誰も気づいていない真実のほんの一片を覗き込んでしまった。
そのおぞましい感覚だけを、俺の体に残して。
いったい俺の身体に何が起きたんだ???
6-2◆世界のバグ?あるいは呪いの起動◆
キィィン、という耳鳴りが、不快な高周波となって脳の奥底を直接掻き回していた。
それは幻聴などという生易しいものではない。
右目の周囲に、実体のないはずの硬質な金属フレームが深く食い込んでいるような、おぞましい圧迫感。
情報の濁流を伴って、俺の知覚そのものが物理的にハッキングされていた。
(なんだ、これは?)
俺は脂汗の滲む額を押さえ、俯いていた顔を恐る恐る上げた。視界が赤いノイズでざらついている。
まるで顔面に不可視のスカウターが直接融着(フューズ)し、神経系に直接プラグを叩き込まれたような感覚だ。
その向こう側、教壇に立つ烏丸の顔を捉えた瞬間、右目に張り付いたレンズが、強制的に分析結果を網膜へ投射した。
【Target: 烏丸 剛志】
【クラス内影響力:45 (C-)】
【現在の感情:安堵、自己満足、倦怠】
【SINCERITY GAUGE(誠実度): 分析中】
[■■□□□□□□□□] 21%
文字だ。
それも俺の意思とは無関係に眼球そのものに埋め込まれた精密機器が勝手に描き出す無機質な数値。
烏丸が口を開き、もっともらしい言葉を紡ぐたびに、その数値は生き物のように変動する。
「我々は、このクラスの和を何よりも尊重するべきだ。分かるな?」
彼がそう告げた瞬間だった。
右目のレンズを埋め尽くすウィンドウが激しく明滅し、
どす黒い警告色(アラート・レッド)に染まった。
頭蓋骨の内側に、冷たい電子音が響く。
[SINCERITY: 8%] [DECEPTION: 92%]
判定:【虚偽】
(虚偽?)
心臓が早鐘を打つ。呼吸がうまくできない。 脳が焼けるようだ。
情報のオーバーヒートで視神経が焼き切れる錯覚に陥る。
これは俺の妄望か?それとも疲労が見せる幻覚か?
やはり、俺だけだ。
この狂った光景が見えているのは、世界でたった一人、俺だけなのだ。
まるで右目の周囲に実体のないはずの金属フレームが食い込み、
眼球そのものに精密なレンズが融着してしまったような、拭い去れない異物感。
顔面に張り付いた不可視のスカウターが、神経系を直接ハッキングして情報の奔流を流し込み、
俺を安全な「観客席」から無理やり引きずり出そうとしている。
俺は強く目を閉じた。幻覚なら消えろ。消えてくれ。
数秒後、祈るように目を開ける。
だがその忌々しい顔面のデバイスは、まるで身体の一部になったかのようにそこにあった。