テラーノベル
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ルミチア様からのリクエストです。
⚠旧国あり
少し遅い退勤後、エントランスでばったり出会った小さな国。
背を丸め弱々しい姿で歩く、日本。
よっ、と声をかけてやると、静かにこちらを振り返る。
すると、生気の感じられない顔に、笑みが浮かんだ。
「ソ連さん!こんばんは!」
さっきまでの疲れは何処へやら。
黒い瞳を輝かせながらテコテコと俺の前にやってくる様子は、懐っこい子犬のよう。
作られていない自然な笑みも、心を許しているのだと感じられる。
外交の場では見せない無邪気さに癒されていると、日本が、あの…と袖を小さく掴んだ。
「よければ、一緒に帰りませんか?」
「…いいぞ。独りじゃつまんなかったしな」
気まぐれに見せかけた、了承の言葉。
本当は、気まぐれなんかではない。なんせ、日本からのお誘いだ。断るわけが無い。
それに、日本と居れるなら…
余計なことを言いかける心の口をきつく噤んだ。
なんだっていい。暫くは日本と居られるんだから。
「…じゃ、行きましょう」
優しく俺の手を引く日本は、どこか嬉しそうだった。
*****
曇天の冬、陽射しのない夕方は、思っていたよりもずっと寒かった。
朝は快晴で少し暖かかった。そのせいか、薄着な日本の身体が震える。
吐く息が白く、指先が赤くなっている。
そんな日本の様子に、足を止めた。
「……寒いなら、これを使え」
そう言って、自分のコートを差し出す。
日本は少しためらった後、遠慮がちに袖を通してみる。が、思った通り……ぶかぶかだ。
指先まで隠した袖の先は折れて肘まで届き、裾は足元を引きずってしまっている。
「……すみません、サイズが……」
分かっちゃいたが…こんなに小さいとは。
脱いだコートを受け取って羽織直す。
「……じゃあ、マフラーで我慢するか」
マフラーを外そうと手をかけた時、日本がふと動きを止めた。
そして、躊躇いがちに視線を上げたかと思うと…
そっと俺のコートの前を掻き分け、モゾモゾと中へ潜り込んできた。
「…うん。やっぱり、こっちのほうがいい」
スポっと襟元から出した頭を胸に埋め、柔らかく笑う。
その可愛さに、思わず息を飲んだ。
……なんだ、その顔は。
思考が止まる。鼓動が、急に早くなる。
日本の小さな手が、胸のあたりでそっとニットを掴む。
「……あったかいですね」
やめろ、心臓。落ち着け。
鼓動の速さが伝わってしまわないかと焦る。しかし、日本は気づいていないようで、逆に自分の鼓動を気にして俯いていた。
「……なんだか、恥ずかしいです。自分の心臓が近すぎて……」
……気づいてない。
安堵して、肩の力が抜ける。日本が鈍感で良かった。
だが、それにしても…
ほんと、反則だ。
「…俺の理性を試すな」
おもわず漏れた本音。
微かな空気の揺れは、幸いにも日本に届かなかった。
言葉もなく、しばらくそのまま寄り添い合う。
しかし、これでは当然、移動できる状態ではない。
空は、闇に近づいている。
帰らなければ。でも…あまりにも、惜しい。
「……これじゃ、歩けませんね」
「……ああ」
離れたくない。けれど、進めない。
きっと、思っていることは同じ。ならば…
無言で屈み込んで、躊躇いもなく日本の身体を抱き上げた。
「わっ!?」
突然高くなった視線に、日本がワタワタと足をばたつかせる。
「ちょ、ちょっと……!? ソ連さんっ!?」
「降りるな。そのままにしておけ」
「いや、でも……人目が……」
「攫われてるとでも思って大人しくしてろ」
見る間に赤くなっていく白い頬。
恥ずかしそうに身を縮めるその姿すら、どうしようもなく愛おしい。
その時、桃色に染まる首からふわっと空気が広がる。
柔らかくて甘い、心がくすぐられる香り。
誘われるよう、日本の肩口にそっと額を当てる。
「……お前、いい匂いする」
日本がビクッと肩をすくめる。
「そ、そんなの言わないでください……」
「はは。また、赤くなってる」
耳元で呟いて、そっと撫でてやる。
ムッとした顔の日本がふと俺を見上げた。
「……さっきから、私のことばかり見てませんか」
「見てなきゃ、こうしてやれないだろ」
背を抱く腕を、ギュッと強くする。
日本は、あたたかかった。
そしてその温もりが、自分の身体にも心にも、深く染み込んでくる気がした。
******
連れていかれたソ連さんの家は、ほっとするくらいに暖かかった。
僕を抱いたままの彼が、片手でコートを脱ぎ、暖炉前の椅子にそっと腰掛ける。
彼の膝の上に乗る形で座らされていた。
近くのブランケットを手に取って、僕にかける。
そして、優しく、僕を抱きしめる。
時々頭に振るキスが擽ったくて身を震わせると、腹に回る腕の力が、一時的に強くなった。
その力強さは、抱え歩いている時と同じで…ふと我に返る。
……さっきの僕、どうかしてた。
許可なく服の中にもぐりこんで、胸に顔を押し当てて……
あんな、非常識で、子供みたいな真似。
普段なら絶対にしないのに。
でも、あの時。
彼の大きなコートに腕を通した瞬間、ふわりと漂ってきた、ソ連さんの匂い。
あたたかくて、少しだけ苦い、でもどこか落ち着く香り。
それに包まれたら、心まで緩んでしまって……
その温もりごと、自分を包んでほしい。気づけば、そんな衝動に身を任せていた。
……きっと、僕は、ソ連さんに甘えたかったんだ。
ソ連さんは、怒らなかった。僕の甘えを全部、受け止めてくれた。
けれど、それでも…ちゃんと、謝らなきゃ
「……先程は失礼しました。コートの中に入るなんてことして…」
顔を見て謝ろう。振り返ろうとする僕に、彼の手がそっと伸びる。
大きな手が、僕の頭を撫でた。
「気にしなくていい。おかげでお前の小ささが再確認できた」
からかうような笑いにむっとする。でも、触れ方はあまりに優しい。
…意地悪。
照れを紛らわそうと口を開いたが、何も出てこなかった。
言葉が止んで、訪れた心地よい静寂。
頭から流れ降りた彼の指が、そっと頬を滑る。
「小動物みたいだな」
「……やめてください。からかうの」
照れで俯く僕の顔を自分の方に向かせて、言葉を被せる。
「震えて、くっついて、赤くなって。お前のそういうとこ、ほんとに…」
ごくり、喉が鳴る。
その続きを聞くのが、怖くて、でも聞きたくて。
彼は一拍おいて、小さく笑った。
「可愛いくて、困る」
……言われて、心臓が跳ねる。
さっきの温もりが、身体の奥にまだ残っている。
「……ずるい人ですね」
……こんな風にされると、また甘えたくなっちゃうじゃん。
呟いてうつむくと、大きな手がまたそっと、頭に添えられた。
パチパチと燃える暖炉の音。ゆったりと響く鼓動。
部屋と毛布と、彼のぬくもり。
あたたかくて、優しくて、息が溶けてしまいそう。
…こんな夜が、ずっと続けばいいのに。
ほんの少しの罪悪感も、やわらかな温もりの中にほどけていく。
…たまには、いいよね。
何も我慢せずに、甘やかされても。
もう一度、そっと身を預ける。
この温もりに包まれて、今夜はただ、幸せな夢を見よう。
コメント
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我常々切望甘々蘇日。是致死量尊!我死、無後悔。