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その言葉と共に、夕葉は立ち上がった。
俺に向かって一直線で走り出す。
彼女は俺の体を包み込んだ。
俺の口元が自然に緩む。
「嬉しい、やっと会えた…!」
俺は言葉を返せずにいた。
声がなんとも情けなくなりそうだった。
しばらくして、夕葉は俺の体から手をそっと離した。
そして、俺より頭一つ分くらい背が低い彼女は、首を持ち上げて言った。
「手紙、見てくれたの?」
俺は答える。
「ああ、今日見たんだよ」
「でも気づいてくれて良かった…」
俺はなんとなく察していた。
たぶんさっきの手紙は、夕葉が引っ越す前に 書いた。
そして最後に桜を見た公園で、俺の制服にそっとその手紙を入れたんだと思う。
あの時感じた何かの感触は、夕葉の手だったのだ。
だが、俺はそれにずっと気付かず、制服を保管していた。
俺は制服なんか捨ててもいいだろうと母に言ったが、聞かなかった。
それは、この手紙の事を知っていたからなのかも知れない。
いや、もしかしたら奇跡的に置いていただけかも……
俺はそう考えると、なんだか嬉しくなった。
「そういや やまと、背大きくなったね?」
「夕葉は変わってねーじゃん」
「そんなこと無いっ!ほら!」
夕葉は、そう言いながらめいっぱい背伸びをした。
「追いついた!」
「ふっ……」
「何笑ってんの〜!」
そんな会話が あまりにも馬鹿馬鹿しくて、でも楽しくて。
俺は思わず微笑んだ。
「やまとが笑ってるの、久しぶりに見たよ」
「俺も」
だけど、こんな会話ができるのも今日まで。
片付けが忙しく、もう公園には来れない。
俺は、覚悟を決めてそのことを話した。
「えっ、引っ越すの…?」
「……ああ」
急に空気が重くなった気がした。
だが夕葉は明るかった。
「でも大丈夫だよ!また会える!」
「夕葉……」
この明るさは、中学の頃から変わっていなかった。
「…だからさ、私、伝えたいことがあるの」
夕葉は真剣な面持ちだった。
「中学の時に言えなかった」
「勇気が無かった」
「でも、今しか言えるときは無いの」
俺はその言葉に、ぐっと息を呑んだ。
そして、言った。
「私、やまとのことがずっと好きです」
耳がほんのり赤くなっていた。
「もう会えないかも知れない」
「だけど、付き合ってほしいの―――っ」
「わがままでごめん……」
俺はそう言ってうつむく夕葉を、しばらく見ていた。
そして言った。
「………いいよ」
俺の言葉と同時に、夕葉は顔を上げた。
「ほ、ほんと!?いいの!?」
「…ああ」
俺達はこうして付き合うことになった。
俺はずっと好きだった。
夕葉のことだけが―――。
そんな俺達を、夕日が照らした。
もう日も沈むだろう。
今日は、今日だけは、ずっと夕葉と一緒に居よう。
俺はそう考え、その場を離れなかった。
俺達の影は、遠くまで伸びていた。
そして、ふと俺が夕日の方を向くと、夕葉もつられてそちらを向いた。
真っ赤に染まった空。
太陽。
これまでに見た空の中で、一番綺麗だった―――。
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