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早いもので私が王都から追放されて10年が過ぎました――
「いつ見てもユーヤの剣筋は凄いですね」
「大した事はないさ」
「そんな事はありません。魔獣を倒したユーヤの剣筋はとても美しいと感じ入りました」
今、私とユーヤは魔獣を討伐した帰りなのです。
ユーヤがリアフローデンに居を構えて早2年。私が魔獣を討伐や森の浄化へ赴く時に彼は必ず同行してくれるのです。
それも2年も続くと彼と共に行動するのが自然となっていました。
私達は一緒にいることが多く、今ではお互いを呼び捨てにする程の仲です。そのおかげか、息の合った連携を取れるようになり、信頼関係が構築できているのだと思うと私は少し嬉しくなりました。
それにユーヤが傍にいるととても安心できるのです。彼の雰囲気や私との波長が合っているのかもしれません。
だからユーヤは私の良い相方なのだと勝手に思っています。
それともこれは私の片思いなのでしょうか?
「ユーヤの剣の軌跡は光の筋が走って本当に綺麗です」
「俺はミレの方がよっぽど綺麗だと思うけどな」
「え!?」
突然、彼の口からでた”綺麗”の言葉に私はドキッと心臓が高鳴りました。
彼もあっと声を上げて口を手で覆って目が泳ぎ始めました。
「あ、いや……その神聖術がな」
「え、あっ、そ、そうですよね」
もう……
私は何を動揺しているのかしら。
ユーヤは私より5歳も年下なのに。
気まずくなってお互い顔を反らしました。
気持ちを落ち着けようと深呼吸してから、ちらりとユーヤを盗み見ました。顔を背けてポリポリと頬を掻いている彼の姿は普通の男性にしか見えません。
ですがユーヤはとても強い。
それは人の範疇を遥かに超えたものです。
恐らくユーヤは……
私は彼の正体に薄々勘付いていました。
だけど私はそれを口にしませんでした。
私は王都で聖女という役割を演じてきたのです。そして、エリーに悪役令嬢という役割を押し付けられました。『役』とは物語にとって重要なものなのかもしれません。
しかし、現実の世界で他人にそれを押し付けるのは、押し付けられた人の人格も尊厳も想いも、何もかもを否定する行為ではないでしょうか。
だから、私は彼を勇者という役に縛りたくはなかったのです。
彼はユーヤ。
私にはそれで十分でした。
ガラガラガラ……
気まずい空気を破るように、王都の方角から馬車の音が響いてきました。
「あれは……ジグレさんかしら?」
「そのようだ。御者台から手を振っているのが見える」
やがて馬車が私達の前で止まると、御者台から降りてきたのはやはりジグレさんでした。
「いやぁ今年も暑いですねぇ」
「今年は少し遅かったのですね」
今は夏も真っ盛りのとても暑い日です。
ジグレさんは初夏の行商人の一団に紛れてやって来ることが多いのです。
「ええ、ちょっと王都で騒動があったものですから、その顛末を確認していたのです」
「騒動……ですか?」
何となくジグレさんが持ってくる情報はいつも大事の様に思えて、私は僅かに警戒しましたが、果たしてそれは驚くべき凶報でした。
「そうなのです。実は王太子妃のエリー様が処刑されたのです」
「処刑!?」
その凶事に私は驚きました。
彼女の悪い噂はこの辺境にも聞こえてきましたが、それでも王太子妃になった彼女が易々と処刑されるのは尋常ではありません。
「それも断頭台(ギロチン)です」
ジグレさんが首を手で横に切る仕草と共に告げた内容に私は眉を顰めました。
我が国における貴族の処刑方法は2種類。
服毒と断頭台です。
勘違いされがちですが、服毒はとても苦痛を伴い断頭台の方が痛みと苦しみは少ないのです。ですが、断頭台は必ず公開処刑となります。
すなわち服毒は貴族の誇りを守る処刑であり、断頭台は貴族の名誉を貶めるのが目的となるのです。ですから私はこの処刑の意味を理解しました。
「王家は彼女を切り捨て、全ての罪を背負わせたのですね」
「ご明察です」
国費の私的流用、諸外国の要人に対する失態、聖女の務めを果たさず王都の治安の悪化を招いたりと国内外でエリーはその声望を失ってしまったらしい。
極めつけは彼女の出産だったそうです。どうやら生まれた子はアルス殿下の子ではなかったようです。
「しかも、まずい事に勇者が失踪したそうなんですよ」
「勇者が……」
私は隣のユーヤをチラリと盗み見ましたが、彼の顔色に変化はありませんでした。
「もともと失政続きの王家に民心は離れていましたので、かなり痛い追い討ちとなった様です」
「それを抑えられないと見た陛下は全責任をエリーに擦り付けて不満の捌け口にしたのですね」
確かに彼女も悪かったかもしれません。ですが彼女に全てを押し付け、誰一人として責任を取ろうとしない王族や貴族の在り方に私は溜息が出ました。元はと言えば彼女の我が儘を認めた王族、貴族が悪いでしょうに。
「エリー様に全ての罪を押し付けましたが、それで王家の信用が回復するわけではありません」
「それはそうでしょう」
「ですからお気をつけ下さい」
「え?」
いつも柔和なジグレさんの顔が急に険しくなりました。
「恐らく彼らはシスター・ミレに目を付けると思います」
「私に?」
「必ずシスター・ミレを王太子妃として迎えようとするでしょう」
「まさか」
ジグレさんの大胆な予想に私は苦笑いしました。
「あなたはご自分の価値を理解しておいででない」
ジグレさんは真に受けない私に溜息を吐きましたが、私はそれよりもエリーの処刑で頭が一杯でした。
エリー(ヒロイン)は断頭台の露と消えました――
物語が終わり幕が下りれば、役者は舞台を降りなければなりません。
彼女は『ヒロイン』としての役割を終えてしまったのでしょうか?
彼女は『ヒロイン』の『役』にこだわっていました。だからその『役』が彼女を殺したのかもしれません。
彼女は私を『悪役令嬢』の『役』にあてがいました。ですが、舞台から追い出された私がその『役』から解放されて今を生きているのだとしたら、それはなんと皮肉な運命なのでしょうか。
何処か呆気なく何か釈然としない思いが私の胸の中で広がりました。
――それでも彼女(ヒロイン)は断頭台の露と消え、彼女の物語は幕を閉じたのでした……