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【奇病にかかった者たち】

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【奇病にかかった者たち】

4 - 第三話「美しい夜の友達」

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2025年08月30日

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【奇病にかかった者たち】

第三話「美しい夜の友達」






月明かりが美しい夜。

そーっと自室の扉を開けて、パタンっとスライドして閉める。足音を立てぬように抜き足、差し足、忍び足と移動して隣の病室の中へと入って行く。

扉が静かに閉まると同時に看護師が懐中電動を手に持って深夜の巡回の為に階段を上ってきた。そして301号室の前で立ち止まると扉を開けて中にいる患者を確認する。布団の膨らみを見て微笑みながら部屋を後にした。そして次は隣の302号室へと向かい、同じように患者がベットにいるのを確認すると別の部屋へと歩いて行く。



「行ったか?」

「行った行った」



声が聞こえて来たのはベットではなく、窓側にあるソファーの後ろからだった。

雲に隠れていた月が顔を出す。そして2人を照らした。毎日のようにこっそりと病室を抜け出して看護師に見つからぬように深夜の病院内を歩き回っていた2人は、自分達に似せて作った人形をベットの中に忍ばせて上から布団をかけて看護師の目を欺いていた。今回も上手くいったことに、くすくすと笑い合いながら2人は月明かりの下で話を続ける。



「そういえば空き部屋だった4階の部屋に新しい奴が入って来たらしいぞ。」

「へー、4階って事は奇病の悪化酷そうだな」

「最近は2階にいる奴らとこの階の一番奥の部屋でよく遊んでるらしい。この間の昼間とか悲鳴が聞こえてきたりわいわいしてた」

「? そんなに酷くないのか??」

「そもそも奇病の悪化によって階が違うなんて思ったんだ?」

「だって俺らも最初は2階だったけど、奇病が悪化した時にここの階に移されただろ」



だからてっきり奇病の悪化傾向によって何階なのか決めてると思ったんだけどな。と、月白はそう言いながら頭を傾げる。

うーーん、と唸っている月白の口を濡羽がバッと押さえた。

人差し指を鼻の前に持ってきて、静かにするよう促すと廊下の方から足音が聞こえ、そして消えた。 既に上の階へ行っている為、看護師の足音ではないだろう。

月白から肘でつつかれて視線を向けるとキラキラと菜の花色の瞳を輝かせている。それに耐えられなかった濡羽は仕方がないと思いながら溜息を吐いた。



「俺の手離すなよ、」

「大丈夫だってー!」



こそこそと小声で話しながら、2人は足音を主を探す為に病室を出て行った。




*****




「梦存ちゃーん!!」

「うぐぅ…か、花影ちゃん。おはよう」



勢いよく抱き付かれた梦存は呻き声を上げながらも花影を抱き締め返す。

梦存が奇病院へやって来てから3週間が経ち、もうすぐ1ヶ月になろうとしていた。ほぼ毎日のように花影や楓乎と一緒に百合斗の部屋へ行っているこの頃。花影は相変わらず梦存を妹のように可愛がっていたが、力加減がよろしくないようだ。

お昼ご飯が出てくるかと思ったと口を押さえていると、楓乎が戻って来た。2人の様子を見て何か察したのか花影の額に軽くチョップをお見舞いすると梦存をソファーの方へと案内する。



「すまない。可愛いものに目がないんだ。」

「ううん、大丈夫よ。ただちょっと食べた物が口から出てきそうになっただけ」

「そうか全然大丈夫じゃないな」



もう一発お見舞いしとくかと言いながらチョップの構えを取る楓乎を見て、花影はバッと両手で額を隠す。そんな2人を見て梦存は家族の事を思い出していた。いつも自分を溺愛してくれる兄と父を母が構い過ぎだと止めてくれていたのだ。

そんな母のデコピンを彷彿とさせる見事なチョップだったが、流石に花影の目がうるうるとしていたので楓乎を止めた。そして再び梦存は花影の膝の上へ座る事になった。

いつも305号室の百合斗の部屋へと集まっている梦存達が、何故203号室の方へ集まっているのか。それは奇病によって百合斗の睡眠時間が長くなってしまったからである。



「百合斗まだ眠ってた?」

「ああ、ぐっすりだ。ここ最近は落ち着いたと思っていたんだけどな」

「ねぇ、こういうことって前にもあったの?」

「半年だったのが毎月になったみたいで…百合斗は百合守に会える時間が増えたって喜んでたけど、僕としてはちょっと複雑かな」



梦存の問いに少し悲しげな笑みを浮かべる花影。

百合斗が喜んでいるのは嬉しいが、こうして百合斗と長い時間話せなくなってしまうのは悲しいのである。それは楓乎も同じだった。

自分がした質問のせいで雰囲気が沈んでしまった為、どうにか和ませられないかと考えていると目の前にひらりと花弁が1枚落ちていく。

けほっとすぐ頭上から咳き込む音が聞こえて振り返ろうとするが、その前にソファーの方へと下された。 立ち上がった花影は両手で口元を押さえていて、楓乎に視線を送るとそのまま部屋を後にしてしまう。



「……花影ちゃんお手洗い?」

「そうみたいだな。

あ、そういえば姉から貰ったお見舞いのお菓子があるんだが食べないか?」

「花影ちゃんが戻って来てからでもいい?」

「なら先にお茶でも用意しよう」



急いで去って行った花影。その姿を見て梦存は小首を傾げながら疑問を口にすると楓乎はそれを肯定した。

ふと思い出したかのように立ち上がり、床頭台の方からクッキーの缶を取り出すと机の上に置いた。楓乎からのお茶の誘いに梦存は遠慮がちに花影と一緒でも良いか聞くと、楓乎は頷いて答える。




*****




はらはらと舞い散る色とりどりの花弁。

紫のヒヤシンス、クジャクアスター、マリーゴールド。その花の共通点は『悲しみ』という花言葉。けほっけほっと咳き込みながら吐き出したその花は、花影の感情を表している。



―――ああ、また始まっちゃった。



痛む喉を押さえながら花影は内心でそう溢す。常日頃から持ち歩いている袋は、吐き出した花を隠す為だ。

今はもうしなくても良いのに奇病院へ来る前からの癖がどうも抜けず、こうして一つ残さず花を袋へ入れると結んでそのままトイレのゴミ箱へと捨てた。

楓乎は上手く誤魔化してくれただろうかと不安になりながら部屋へと戻る為に廊下を歩く。



「あ、や…ッべ!!!」

「ちょ、この、馬鹿ぁあああーーーーッ!!!」



そして階段を上っていると突然上から降ってきた叫び声。

上を向くと目の前まで迫ってきている人影に、花影は思わずギュッと目を瞑った。



「………?」



しかしいくら経っても衝撃はやってこない。

恐る恐る片目を開けて確認すると、自分の横を通り過ぎるかの如く転げ落ちていった男の子が階段の踊り場で目を回しながら倒れていた。

キラキラと窓ガラスの影模様が、2人に被さるよう日光によって落とされているようだ。花影は上っていた階段を駆け下りて倒れている2人の安否を確認する。



「だ、大丈夫?」

「っはあ!!死ぬかと思った!!

すまん、足踏み外しちまって。そっちこそ大丈夫か?」



先に起き上がった男の子が花影にそう声をかけるが、顔が向いている先は窓側の壁。全くもって目が合わないまま話し続ける男の子を前に花影が戸惑っていると、もう1人の男の子が目を覚ました。



「おい月白!危ないだろうが!俺が間に合わなかったら他の奴まで巻き込んで落ちてたぞ!」

「だから今謝ってんだろ!」

「壁に向かってか?」

「え!?壁に!?」

「ふふ!あはははッ!」



月白と呼ばれた男の子は手を伸ばして前を確認すると、ひんやりとした感触に両手で顔を隠しながら項垂れる。そんな月白の反応を見た濡羽が代わりに花影の方を向きながら申し訳なさそうに謝った。

自分のことそっちのけで進む会話に花影も思わず笑ってしまった事を謝り、3人とも怪我をしていなかったので看護師を呼ぶことはせずそのまま踊り場で別れる。濡羽に手を引かれている月白は申し訳なさそうにしながらもう一度花影に謝罪するが、お互い様だから気にしないでと花影は笑いながら階段を上って行った。



「ただいまー!梦存ちゃん!」

「うぐえッ」

「勢いをもう少し考えろ!」

「きゃー!梦存ちゃん助けてー!」



自室に帰って来て早々に梦存に狙いを定めて突撃する花影。

呻き声を上げながらも受け止めようとしたが、勢いに負けてそのまま2人でソファーの上へと倒れ込む。

倒れかけたお茶を何とか受け止めて、机の上が水浸しになるのを防いだ楓乎はチョップを花影に喰らわせながらも機嫌が良さそうなその姿に安堵の溜息を漏らした。その後。一緒にクッキーを食べながらお茶をしたり、百合斗の部屋にも2人分のクッキーをお裾分けしに行ったりして3人はお昼を過ごした。




*****




「……?…」

「百合斗。起きろ。」

「うんん〜…ゆりま、どうしたの?」



揺さぶられて目を覚ますと、百合守が目の前にいた。

目を擦りながら上半身を起こして欠伸をする。俺は寝ぼけながらも百合守に手を引かれるがまま部屋を出て行った。



「どこ行くの…まだ夜だよ?」

「………まぁ、夜なのは夜なんだが」



廊下を歩き、階段を上る。

前を進む百合守は俺の手を引きながら黙ったまま。窓の外から見える月。その光に照らされている影の中に百合守はいない。それがどうしようもなく不安に思えてギュッと手を握り返しながら行き先を聞いた。百合守の口から出てきた答えは何だか曖昧で、俺はそれ以上聞く事が出来ずに後をついて行く。

4階の廊下までやってくるとそのまま一番奥の部屋まで歩いて405号室の扉の前で足を止めた。



「来たぞ」

「?」



百合守がそう扉に向かって言うと触れてもいないのに独りでに扉がスライドして開いた。

俺はそれを見ても驚くことはなくて、何処か既視感のようなものを感じていた。寝ぼけていた頭が冴えてくるのが分かる。

そういえば昨日の夜に見た月とさっき見た月は大きく形が変わっていた。それが何を意味するのか分からない訳じゃ無い。

きっと奇病によって眠る時間が長くなったんだ。最後に皆んなの顔を見たのは何日前なんだろうか。また心配をかけちゃったなぁ。

ふわりと靡くカーテン。吹き込んできた夜風が俺の髪を揺らして通り過ぎていく。何度目かの同じ光景に俺は同じ言葉を口にした。



「”初めまして、俺は百合斗。君の名前は?”」



一歩、部屋の中へと踏み込んだ。

薄紅色から黄色にグラデーションかかっている瞳が俺を映す。向日葵を片目に咲かせたその子は笑って言った。



「”僕の名前はイリオスだよ。

よかったら一緒に話をしない?”」

「”もちろん。俺も君と話してみたかったんだ”」



いつの間にか百合守はいなくなっていて、俺はイリオスと一緒に会話を繰り広げた。

月明かりが美しい夜。あの時と同じように、笑い合う。






ーーーーー            ーーーーー


・主人公→梦存(むつぎ)。404号室の患者

・4話登場→イリオス。405号室の患者

・4話登場→濡羽(なう)。301号室の患者

・4話登場→月白(きしろ)。302号室の患者

・1話登場→百合斗(ゆりと)。305号室の患者

・4話登場→百合守(ゆりま)。305号室の患者

・2話登場→楓乎(ふうや)。203号室の患者

・2話登場→花影(かえい)。203号室の患者



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