第8話:消されたフラクタル
ツリーハウス学舎、北棟3階。
午後の演習を前にして、コードアーカイブ室がざわついていた。
「おい、これ見てみろ……昨日のデータ、全部飛んでる」
「なに……?バックアップ領域まで?」
モニターの前で真っ青になっていたのは、1年のハナダ。髪を横に流した細身の碧族生徒で、穏やかな性格の努力家だ。
彼の演習用フラクタルデータが、丸ごと消失していた。
「コードが、消された……?」
タカハシが顎に手を当てて考える。
その隣では、ゲンがモニターを逆さから覗き込み、真顔で言った。
「なぁこれ、どっかで《ERASE = TRUE》とか使ってない? 悪ふざけの延長でさ」
「いや、冗談じゃすまねぇって! 演習用コードの一部に、消去コマンド仕込むなんて……」
学舎内に緊急通達が出され、スエハラ先生が登場。
「これは、誰かのいたずらか、それとも――意図的な“封印”かもしれん」
「コードは記録される。だが“記録されたくないコード”もある」
そう言って、先生は一枚の旧式端末を取り出した。
そこには、部分的にバグったような記録断片が残っていた。
《EMOTION = “未定義”》《TRIGGER = NULL》《CONCEAL = TRUE》《TYPE = “記憶”》
「これは……記憶型フラクタル……?」
「“コードが目的じゃなかった”可能性もあるってことか」
その日の午後、校内演習が中止となるなか、ゲンとタカハシは自主トレ場へ。
「こんな時に練習かよ」
「こんな時だからこそ、“確かめたい”んだろ?」
ゲンの指先が、碧光のリングにふれる。
《SCAN = “断片”》《TRACE = “共鳴杭”》《RENDER = SILENT》
杭の脈動が走り、かすかに残された音――ハナダのフラクタルに宿った“音”が浮かぶ。
「これ……音か? コードじゃなくて、“記憶の旋律”?」
「コードは消えても、想いは残るってことさ」
後日――
「原因は特定されていない」とされながらも、演習データは復旧された。
だが、スエハラ先生はその裏で、ゲンたちにだけこう告げた。
「忘れたことにするのも、“フラクタルの一部”だ。だが、それが誰かのためだったとしたら――お前らは、どうする?」
コードは、ただの力じゃない。
ときに“想いを封じる術”でもある。
ゲンは空を見上げた。
「……俺は、消さないよ。たとえ意味がなくても、“誰かが残そうとしたもの”は、受け取ってみたい」
その言葉に、タカハシはただうなずいた。
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