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八雲瑠月
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また季節は巡り、訪れた高校二年の夏。七月上旬の期末テストを終え、明日より夏休みを迎える前日の出来事だった。 俺は話があると伝え、白浜にあいつを呼び出した。
人の目とかどーでもよく、それより長期休みに入る前になんとかしねぇとヤベェ。
そんな思いでオレンジ色に染まる海前で、押しては引いてゆく波をただ眺めていた。
「ごめんね。遅くなって」
はぁ、はぁ、と息を切らせた声が背後より響いてくる。
正直、面と向かって要件を伝えられるか案じていたが、こいつの姿をまじまじと眺め俺の決意は固まった。
「話って、何……かな?」
一応伺い立てているようだが、何となく察しているようで、どこか遠くを見る目。
自覚があんなら、問題ねぇ。
そう思い話し始めた。感情的にならず、冷静に……。
「お前、しばらく書くな」
「えっ?」
その言葉に、こちらに視線を戻してくる。
僅かに浮かべていた笑みは完全に消え、俺を囚えてくるその目は光を失くしていった。
しかし、俺は構わず話を続けていく。
「こないだのは何なんだよ? 文体も内容もめちゃくちゃ! あんなの本気で応募する気じゃねーだろうなぁ? 言っとくけど、一次も通らねーからな! お前、最近寝てねぇだろ? 根詰めるなと、何度も言ったよな?」
意味が分かんねー内容でも、支離滅裂な文章でも良いんだよ。書き手が楽しく執筆した内容だったらな。
だけど、無理して書いているのは明らかで、そんな悲鳴が聞こえてくるような文章、読んでも別の意味で苦しくなってくんだよ。
だから俺は顔色が悪く、痩せ細ったこいつに容赦なく責め立てる。
明日から夏休み。この執筆狂がどのようなるかは、安易に想像出来るからだ。
「書かないといけないの! だって、全然ダメなんだもんっ! 短編も十作以上出したのに、全部落ちたんだよ? だから、書かないと! 書くしか、ないから……」
「それが原因なんだよ。お前、受賞が目的になっていて、一作一作に向き合ってねーんだよ! だから、腑抜けた作品ばっか量産してるんだ!」
俺の問いに明らかに目を逸らし口籠るこいつは、この世の終わりかってぐらい、しけた顔をしてやがる。
本当、バカ真面目だな。
お前が今やってんのは、フルマラソンを全力疾走しているようなものなんだよ。
んなことしたら、当然息切れを起こすし、下手したら怪我して二度と走れなくなるだろ?
こいつみたいな努力型は、手を抜いたり、休んだり、言い訳することを知らねーから、アイツと同じ道にいくのは明らかなんだよ。
だから俺は、お前を止める。恨まれても、嫌われても。
あの時は、ヒヨっちまったからな。
お前には、アイツのようになってほしくねーんだよ。
だから、この問いをこいつに投げかけた。
「……お前は、なんで書きたいんだ?」
「え? それは……」
「なんで書籍化なんか目指してんのかって聞いてんだよ。執筆なんて苦行の連続だ。落選繰り返すことはより一層。なのに、それを続けるなんて相当なメンタル必要なんだよ。お前には、やりたいことや信念とか、あんだろ?」
体をピクッとさせたかと思えば、手を胸元までもっていき、セーラー服を握りしめてクシャとさせる。
よほどの想いがあんのだろう。
別に話してくれるとか、そんなふうに思い上がってねーけど、自分の中で分かってたら、いいんだよ。
そう思いながら立ち去ろうとすると、一つの言葉が落ちてきた。
「藤城くんはどうして書いていたの?」と。
「俺のことなんか、どうでも良いだろう? 終わった人間なんだから。でもお前は違う! お前は……」
「ねえ。もう一度、書いてくれない」
「はぁ?」
「……っ! 私には無理だったの! お願い、藤城くんが書いて! 私の夢を、あなたに叶えて欲しいの!」
こいつは眉を顰め、唇を震わせ、感情のまま叫んでくる。
俺は、そんな人物を以前にも見たことがある。それは。
『俺には無理だったんだよぉ……。だから直樹だけでも書いてくれ……』
あれは中学一年の初夏だった。
かつての親友が己には文才がないと自身を追い詰め、筆を折った。
俺はなんとかしたいと休ませたり、公募とか考えずに気楽に書けばいーじゃねーかとか、下手な説得を続けたがダメだった。
執筆は本人次第であり、他人がとやかく言ってなんとかなるものじゃねーからな。
だから俺はアイツの分も書くと決め、寝る間も惜しんで、一文一文に本気で向き合っていった。
そんな中、アイツは俺の作品を読んでアドバイスをくれるようになった。
それがあまりにも的確で、正直胸に刺さることもあったが、それを元に書いていけば、まさかの三次選考まで突破出来て、アイツも一緒に「あったぁ!」と声を上げてくれたな。
別の形となったが良き親友として今後も関わっていけると思っていた。
しかしそれは、独りよがりの願望だった。
あれはアイツが筆を折って一年が経った、中学二年の夏休み前だった。
中学でも陰キャだった俺は、とにかく平凡な三年間を過ごすと決めていて、教室では物音一つすら気をつける、クラスに一人は居そうな突然消えても誰も気に留めないような存在だった。
だが、その日に限って、クラスの奴は俺を見てニヤニヤ笑い、「ないわぁ」と気持ち悪りぃものを見る目で、俺を凝視してきた。
『藤城、お前ってなかなか痛い奴だったんだなぁ』
耳元で囁かれた言葉に顔を上げると、これみよがしに見せられたのは一冊の大学ノートだった。
これって。
その時、人間は秘密を知られたと悟った瞬間、暴挙に出るのだと知った。
無理矢理ノートを取り返そうとして、机ごと転けて、ダセェのなんのって。
教室中から感じる視線は、体の痛みなんか忘れるぐらいに、俺の心を刺してきやがる。
なんでクラスの一軍みたいな奴が、俺のノート持ってんだよ?
返せよ、これはお前らに関係ねーことだろ?
いつもクラスの透明人間みたいな、背景の一部みたいな扱いしてんじゃねーかよ。
こんな時ばっか、ここにいる存在として扱うんじゃねぇよ!
なあ、達也。
これ、お前に預けていたよな?
落としたのかよ? 本当にしょうがねー奴だな。
許してやるから、今すぐ取り返してくれよ。頼む、取り返す行動を取ってくれ。
じゃねーと、わざと見せたんだと親友を疑ってしまうだろう?