TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「アメリカにはいつ行くんだ?」


「おそらく来年2月末か3月頃だと思う。それまでに全ての権限をお前に託すよう手続きをするから。この会社の事はお前に任せる」


颯人は報告書を見ながら篤希に言った。この会社を篤希と始めて早六年。会社は小さいながらも順調で資金も十分確保している。篤希がその資金と今ある人材でこれからどうするかは彼次第だ。ただ一緒に今までやってきて彼ならこの会社を順調に大きくしてくれると信じている。


「お前、七瀬さんにはアメリカに行く事話してあるんだろうな」


颯人は思わず手にした書類を握りしめた。


「……いや、まだだ」


「お前何でこんな大事な事まだ話してないんだよ。もう時間ないぞ」


篤希は呆れた様に颯人を見た。


「そんな事わかってる」


「じゃ、いつ言うつもりなんだよ」


「それは……その……プロポーズしてから……」


その時突然コンコンとノックがして蒼が入ってきた。


「あの、八神副社長、もしかしてお腹が空いていらっしゃるのではないかと思ってちょっとした軽食を持ってきました」


そう言うと蒼はコンビニで買ったようなおにぎり二つと惣菜、そしてお茶と小さな焼き菓子を篤希の前に置いた。時計を見るとすでに昼休憩の時間を過ぎていた。


「七瀬さん、いつもありがとう」


「あの、もしいらなかったら冷蔵庫に入れておいてください」


そう言いながら蒼は颯人の前にも無言でおにぎりと惣菜、そしてお茶と焼き菓子の他に彼の好きなチョコレートを一つ少し雑にゴンっと置いた。


「他に何か必要なものはありますか?」


「大丈夫だよ。ありがとう」


篤希が笑顔で言うと、蒼は「では」と颯人には目もくれず篤希にだけ笑顔を向けて社長室のドアを閉めた。


「今回はなんで揉めてるんだ?まあ、何となく想像つくけど……」


篤希は先ほど蒼が置いていったおにぎりを手に取って包装フィルムを剥がすと一口かじった。


「それでいつプロポーズするんだ?」


颯人は無言で答えられない。篤希はおにぎりを頬張りながら颯人を呆れた様に見た。


「どうせアメリカ行きの事を話すとプロポーズ断られるとか思ってるんだろ」


颯人は思わず篤希を睨んだ。


「慎重になるのは当たり前だろ。結婚したらいきなり海外だぞ。しかも一年やそこらじゃないんだ。最低でも5年、最悪は10年以上だ。彼女の家族だってきっと娘とそんなに離れるのは嫌かもしれないだろ。蒼の家族はすごく仲良さそうだし」


「彼女アメリカに七年住んでたんだぞ。そんな嫌がるか?」


「蒼は嫌じゃなくても家族が反対するかもしれない」


「確か彼女の家族はニューヨークに以前仕事で住んでたんだろ?その辺わかってくれるんじゃないか?」


篤希は颯人にだけ特別に置かれたチョコレートを見た。


「うじうじと本当に面倒くさい奴だな。そんなグズグズしてると久我みたいな男に取られるぞ。なんせ七瀬さんすごくいい子だもんな。喧嘩しててもわざわざお前の好きなチョコレートなんか健気に置いちゃって……」


篤希がチョコレートに手を伸ばしたのを見て、颯人は思わずその手を叩いた。篤希はククッと笑いながらすでにイライラしている颯人に追い討ちをかけるように言った。


「お前この後また親父さんの会社に行くのか?」


颯人は何もかもが嫌になり机に突っ伏した。


颯人は最近、本格的に父親の事業を引き継ぐ為、6年間離れていた期間の穴埋めをする為に父親の会社に通っている。


ところが父親がやたら冴子を秘書としてここへ連れて行け、あそこの商談に連れて行け、このビジネスランチへ一緒に出ろ、この接待に同行させろなど平日週末問わず命令してくる。実際に重要な会議や接待もあるが、中には颯人が出席しなくてもよいものも多々ある。


元々冴子は恐ろしく仕事ができる上に見た目もよく生まれも申し分ない為、昔から父親のお気に入りだ。そんな彼女をまるで嫌がらせの様に颯人に押し付け、蒼のいる自分のマンションへ帰す暇をわざと与えなくしているかのようだ。


それに追い打ちをかける様に、蒼は一人でも大丈夫だから早く仕事へ行けと笑顔で颯人を見送る。元々蒼は颯人の見た目にも金にも興味がなく、彼が拝み倒して付き合った様なものだ。彼女がいつも笑顔で颯人を見送る度に、一緒に過ごせなくて寂しい思いをしているのは自分だけなのかと悲しくなる。


そしてそれに更に追い打ちをかけるのは、あの久我の存在だ。彼は蒼の周りをいつもうろうろしている。先日蒼が久我と一緒にバイクに乗って帰ってきた時のショックは、心臓が凍りつき息ができないほどだった。


自分が寂しい思いをしながら必死に働いているのに、久我がその隙を狙って蒼を自分の物にしようとしていると思うと、落ち落ち仕事にも集中できない。


颯人は初めから自分と同じ匂いのする久我に注意をしていた。彼は颯人と同じ何者も恐れず欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるタイプだ。


「お前本当にどうするんだ?」


「今考えてる」


颯人は机に突っ伏したまま力無く呟いた。


「まあ、早く決断する事だな。思うにちゃんと七瀬さんと話し合うべきなんじゃないか?プロポーズ云々よりもアメリカ行きの事とか、結城さんの事とか色々と説明した方がいいんじゃないのか?じゃないと取り返しのつかない事になるぞ」


篤希はおにぎりを全て食べ終わると、お茶を飲み焼き菓子に手を伸ばした。


「そう言えば、今日七瀬さんと久我さん、営業の子達と一緒に飲みに行くとか言ってたな」


颯人は思わず机から顔を上げた。


「何だって……?」


「たまたま久我さんが七瀬さんを誘ってるのを聞いたんだよ。一緒に皆で飲みに行かないかって。まあ彼女だってお前のいない家に毎日早く帰ったって寂しいだけだろ。たまには息抜きさせてやれよ」


颯人は呆然とすると社長室の窓から外をじっと眺めた。


最近仕事をしても何をしても全く楽しくない。


以前ならもっと仕事を楽しんでいたのに最近いつも頭の隅にあるのは蒼のことばかりだ。一体何の為に蒼との時間を削ってまでこんなに仕事をしているのか全く分からなくなってしまった。正直ここまで仕事が面白くないと思ったのは初めてだ。



この作品はいかがでしたか?

37

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚