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その日の夜、『血塗られた戦旗』の本拠地である大衆酒場“戦士達の余暇”には、生き延びた者やガイア直属の傭兵団百名が集結していた。
「奴等は俺達を皆殺しにするとほざきやがった!だが安心しろ!此方から打って出なければ勝ち目はある!地の利は俺達にあるし、冒険者ギルドもバックに居るんだ!あんな小娘を恐れなくて良い!最後に勝つのは俺達だ!」
「「「うぉおおーーっ!!」」」
ガイアは豊富な食料にものを言わせて豪勢な宴会を開き、更に援助金で揃えた武器類を前に傭兵達は気炎を揚げた。
雄叫びを挙げる会場をあとにして二階の執務室へと移動したガイアは、大きなため息を吐いた。
「はぁあああっ……」
「どうすんだ?冒険者ギルドが支援してくれるなんて話、初耳なんだが」
壁に背を預けたジェームズが問い掛ける。
「ハッタリだよ。バカ正直に話したら、兵隊達が逃げてしまうじゃねぇか」
「だろうな。で、挽回の策はあるんだろうな?手打ちに失敗したんだろ?」
「今夜のうちに俺はこの町を出る。他の奴等には悟られないようにな」
「へぇ、仲間を囮にして一人だけ逃げようってのか?」
蔑む視線を向けるジェームズ。
「そうじゃねぇよ、最後の賭けに出るんだ。『カイザーバンク』と話を付けてくる」
意外な名前にジェームズは少し興味を持った。
「『カイザーバンク』だと?」
「知らねぇのも無理はないな。うちに資金を援助してくれたのは『ターラン商会』だけじゃねぇのさ。むしろ『カイザーバンク』が本命だ。この話は俺とリューガしか知らない」
「一番街の支配者が俺達に援助を?」
「何を企んでいるのかは分からねぇ。けど、そのお陰で質の良い装備を集められた。俺達が壊滅したら、連中だって困る筈だ」
「どんな条件を出されるか分からねぇぞ?」
「この際背に腹は代えられねぇよ。それで、お前には最後の仕事を頼みたい」
ガイアはそう言って隠し金庫から金貨の詰まった袋を取り出して、投げ渡す。
「最後の依頼か?」
受け取り、大金が入っていることを確認しながら問い掛ける。
「そうだ。金貨三百枚が入ってる。星金貨三枚分の価値はある筈さ。それで、俺が戻るまでにあの小娘を始末してくれ。今日分かったが、あの小娘が組織の中心だ。アイツさえ始末すれば、後は簡単な話だ」
「無茶を言いやがるな。俺の面は連中に見られてるんだぞ?」
「それでも殺るのがお前の仕事だろう。組織を抜けようって考えてるのは分かるし、この際止めねぇよ。だが、最後に一仕事やってくれ」
「ちっ……普通なら断るんだがな。ここには色々と世話になった。最後の義理は果たす。期限は?」
「交渉に時間が掛かるだろうから、一ヶ月以内だ。それまでに追加の金を持って帰る。金さえあれば、兵隊は幾らでも集まるからな」
「分かった。ただし、アンタが戻るのが条件だ。そして終わったら俺は抜けるからな」
「ああ、追加の報酬も出してやる。頼むぞ」
部屋を出たジェームズは、バルコニーで夜空を眺めている聖奈に近寄る。
「仕事が入った」
「ジェームズも馬鹿だよね。さっさと逃げれば良いのにさ」
「裏社会にも通さなきゃならねぇ義理があるのさ。依頼は、暁代表を始末すること。乗るか?」
「乗らないよ。レイミが居ないし、こんな決着の仕方は面白くない」
「そうか……」
ジェームズは聖奈の隣に立ち、夜空を見上げる。
「強制しないんだ?」
「仕込めることは全部仕込んだからな、今更引率が必要って訳でも無いだろ」
「ん……そだね」
二人はしばし無言で夜空を見る。そして、ジェームズはゆっくりと離れた。
「これからは自由にやれよ。一人前として認めてやる」
「バイバイ、お師匠」
「ははっ!その呼び方も久しぶりだな。ああ、またな」
全てを失った少女は凄腕の殺し屋に拾われてその家業を学んだ。
義理を通すために無茶な仕事を受ける師を見送りながら、聖奈はただ夜空を眺めていた。
「……ばーか」
その呟きは夜空に溶けて、誰も耳にすることはなかった。
明け方。うっすらと空が明るみを持つ時間帯。
「撃てーーーっっ!!」
明け方の十五番街に突如として砲声が鳴り響く。
『暁』砲兵隊指揮官マークス指揮の下、密かに運び込まれたQF4.5インチ榴弾砲四門が酒場『戦士達の余暇』の正面にある広場から一斉に砲門を開き、そして火を噴いた。
数日前から行われている破壊工作はこの日のためであり、既に酒場戦士達の余暇周辺は無人地帯となっており警戒されること無く大砲を運び込むことが出来たのである。
もちろん宴を開いているとはいえ見張りも居たが、全てマナミア達の手で始末されていた。
撃ち込まれた砲弾は木製の壁を容易く貫き内部で爆発。宴を開き酔い潰れていた傭兵達を次々と死傷させながら建物にダメージを与えていく。
四発の砲弾が撃ち込まれ大混乱となった傭兵達は、我先に酒場から出てきた。
「構え!狙え!撃てーーーっっ!!」
そんな彼らをダン率いる歩兵二個小隊二十四名が、横隊のまま小銃による一斉射撃を浴びせる。
砲撃であぶり出されて混乱している傭兵達は酒場から出てすぐに銃弾の雨を浴び、その実力を発揮することもなく次々と血を吹き出しながら倒れ付していく。
奇襲部隊は二日前から密かに十五番街に潜入、情報部や工作部隊に先導されてこの日のために身を潜めていたのだ。
シャーリィは交渉が決裂した段階で速やかなる攻撃を企図していた。時間をおけば敵が身を潜めると考えたためである。
「総員着剣!」
ダンの号令で一斉に銃剣を取り付ける歩兵達。
「崩落に注意せよ!突撃ーーーっっ!!」
ダンはサーベルを引き抜き、朝陽に照らされる刃を振り下ろし自ら先頭に立って酒場へと突撃していった。
酒場の内部は阿鼻叫喚の地獄絵図ではあったが、まだ息のある傭兵も居るためダン達は一人一人を確実に始末していく。
「生存者を残すな!一人として生かしてはならんぞ!」
倒れている傭兵にサーベルを突き刺しながらダンが号令を発し、死体であろうと銃剣を突き刺す徹底した処理を行う。
「分隊長!二階はもぬけの殻です!」
「くっ!まさか取り逃がしたか!」
二階へと向かった兵士達の報告を聞いてダンは唸るが、建物が軋む音が響き渡ると同時に決断を下す。
「駆け足!外に出るぞ!」
歩兵隊を率いて直ぐ様酒場の外へ出る。
「撃てーーーっっ!!」
それと同時に再び四発の砲弾が撃ち込まれて爆発を引き起こし、それが止めとなって酒場は崩壊。
「おおーーっ!!」
ここに『血塗られた戦旗』は事実上壊滅した。だが、その後の調査でも幹部であるガイア、殺し屋コンビの死体を発見することは出来なかった。