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「あ、なんか近いな。」
第14話:『ほんまの気持ち、言えたらええのに。』
放課後の昇降口は、夕陽でやわらかく染まってた。
光が差し込んで、床の影が長く伸びる。
俺は靴を履き替えながら、小さくため息をついた。
昼のことが、まだ胸の奥に残ってる。
「お前、最近ちょっと変やで。」
光輝の声が、頭の中で何度も響いた。
そのとき──背後から、聞き慣れた声。
「…樹。」
「…光輝。」
夕日の光の中、少し眩しそうに目を細めて、
笑いながら手を上げる。
「一緒に帰ろ。」
俺は少し迷って、
でも、うなずいた。
「……うん、ええよ。」
二人で靴を履いて、校門へ向かう。
靴の音が響く。
いつも通りの帰り道やのに、
どこか、胸の奥がざわついてた。
「なぁ。」
光輝が横を歩きながら言った。
「さっきの話、気にしてへん?」
「……ううん。」
「ほんまに?」
「ほんまに。 」
嘘やった。
でも、言葉にはできへん。
自分の中の気持ちの名前も、まだ分からんから。
光輝が少し笑う。
「なんや。そっか。」
風が吹いて、二人の制服の裾が揺れた。
沈みゆく夕陽が、道の先を赤く染めていく。
少しの沈黙のあと、
光輝が、ぽつりと呟く。
「……なんかさ。
樹とおると、変な感じになるねん。」
俺の心臓が一瞬止まった。
「変な感じ?」
「うん。落ち着くのに、苦しいっちゅうか……
なんか、よう分からん。」
光輝の横顔は、夕陽に照らされてオレンジ色に染まってた。
その顔が、なんや言葉にできんくらい綺麗で、
俺は目を逸らした。
「……俺も、よう分からん。」
小さな言葉でそう言って、
二人はしばらく黙って歩いた。
沈黙の中に、
伝えたい言葉がいくつも浮かんで、
でも、どれも言えへん。
「ほんまの気持ち、言えたらええのにな。」
俺は心の中で呟いた。
その想いは、
夕暮れの空に静かに溶けていった。