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翌日の朝。
「あのさ、蓮くん」
朝食を終え、マグカップを片付ける拓実が、蓮に話しかけた。
蓮は、その声に少し身構える。
「もしよかったらさ、明日、出かけへん?」
蓮は、拓実の言葉に目を丸くした。
「出かける…?どこに?」
「蓮くんが行きたいとこでもいいし、俺が考えたところでも。どうする?」
拓実は、蓮に優しい笑顔を向けた。
それは、まるで子供に接するように、蓮の心を解き放つような笑顔だった。
蓮は、拓実の誘いに、戸惑いながらも心が弾むのを感じた。
「でも、俺、記憶ないし…」
「大丈夫。新しい思い出を、二人で作ればええ」
拓実の言葉が、蓮の心を温かく包み込んだ。
過去に囚われる必要はない。
今、この瞬間の拓実と、向き合えばいいのだ。
蓮は、拓実の真っ直ぐな瞳を見て、ゆっくりと頷いた。
「…うん、行きたい」
蓮のその言葉に、拓実は嬉しそうに微笑んだ。
蓮の「…うん、行きたい」という言葉に、拓実は胸がいっぱいになった。
それは、拓実の言葉が、記憶のない蓮の心にも届いた証拠だった。
拓実は、蓮の頭を優しく撫でた。
「ありがと、蓮くん。じゃあ、明日は…水族館とかどう?」
蓮は、目を丸くして拓実を見つめた。
「水族館…?」
蓮の瞳は、まるで初めて水族館という言葉を聞いたかのように、キラキラと輝いていた。
デート当日。
拓実は、蓮を連れて水族館にやってきた。
土曜日ということもあり、館内は多くの人で賑わっていた。
「うわあ…!すご…!」
入口を抜けた瞬間、蓮は声を上げた。
目の前に広がる巨大な水槽の中を、色とりどりの魚たちが悠々と泳いでいる。
蓮は、子供のように目を輝かせて、水槽に顔を近づけていた。
拓実は、そんな蓮の隣で、ただ微笑んでいた。
記憶を失う前の蓮は、こんな風にはしゃぐことはなかった。
クールで、どこか大人びていた彼。
今の蓮は、純粋で、まるで生まれたての赤ちゃんのようだった。
「拓実、見て!あれ、めっちゃ綺麗!」
蓮が指差したのは、クラゲが展示されている水槽だった。
幻想的な光に照らされ、ゆらゆらと揺れるクラゲたち。蓮は、その美しさに目を奪われていた。
「うん、綺麗やな」
拓実がそう言うと、蓮は、うん、と頷きながら、まるでクラゲに話しかけるように手を振っていた。
その無邪気な姿が、どうしようもなく可愛くて、拓実は思わず口から言葉が漏れた。
「蓮くん、可愛い…」
拓実の声は、ボソッとした呟きだった。
しかし、館内はそこまで騒がしくなく、蓮の耳に届いてしまったようだった。
「…今、なんて言った?」
蓮は、恥ずかしそうに下を向いて、そう尋ねた。
拓実は、一瞬どう答えるべきか迷った。
しかし、この機会を逃したくない、という気持ちが勝った。
拓実は、蓮のまっすぐな瞳を捉え、もう一度言った。
「蓮くん、可愛いって言ったんやで」
蓮は、顔を真っ赤にして、何も言葉を発することができない。
ただ、恥ずかしそうに拓実から顔をそらした。
そんな蓮の様子が、さらに拓実の心をくすぐる。
「…もう、拓実のいじわる」
蓮は、そう言って拓実から離れて、クラゲの水槽に顔を近づけた。
しかし、その耳は、まだ真っ赤なままだった。
拓実は、そんな蓮の背中を、愛おしそうに見つめていた。