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インプの運転席に腰かけ、営業スマイルで自分に笑いかける橋本の画像と一緒に、名前が表示されているスマホを、宮本はずっと眺めていたい衝動に駆られる。
大好きなインプの持ち主ということで撮影した写真が、こんなにも大切なものになろうとは、あのときは思ってもいなかった。
高鳴る胸の鼓動をそのままに、勢いよくスマホをタップして耳に当てた。
「もっももも、もしもし!」
普通に喋ろうとした矢先に、緊張からか声が思いっきり裏返り、余計に変になった宮本の声を聞いて、スマホのむこう側の人物が小さな溜息をついたのが、受話器越しに伝わった。
「済まなかったな。いいところを邪魔して」
キョどる宮本とは対照的に、橋本の声は落ち込んだような低いものだった。しかも告げられた言葉の意味がさっぱりわからず、首を傾げるしかない。
「いいところって、何でしょうか?」
「だっておまえ、今自宅にいるんだろ?」
「違います。これから自宅に帰るところですよ。今は弟が住んでるマンション前にいます」
「えっ? だってよ……」
素直に居場所を告げた宮本の言葉を聞いて、訝るような返事をした橋本は、何かを言いかけるなり口をつぐんだ。
「昨日、陽さんに告白したじゃないですか。その報告を江藤ちんにしていたんです」
「せせらぎ公園の駐車場でだろ」
間髪おかずに、一緒にいた場所を橋本に言い当てられ、ああそうかと宮本は納得しながら笑ってしまった。
「キョウスケさんを送った帰り道で、俺のことを見つけたんですよね」
「……どうして俺なんだよ?」
「何がですか?」
さっきから態度の変な橋本の質問に、宮本は思わず質問で返してしまった。
「江藤ちん、すっげぇイケメンじゃないか。あんなイケメンと付き合った後で俺に告白するなんて、おかしいと思うのが普通だろ」
どこか、つっけんどんな物言いをした橋本の口調に、宮本は眉根を寄せながら返事に困った。
おかしいと言われても、橋本が好きなことは事実――それをどうやって説明したらいいのかわからなかったけれど、頭の中に浮かんだ言葉を告げてみる。
「うー、おかしいと言われてもですね、俺は陽さんが好きなんです。あー江藤ちんは確かにイケメンですけど、うーんと、それとこれとは別っていう感じでして。今の俺にとって、陽さんが一番のイケメンです」
説得力の欠けた言葉の羅列や、無駄な唸り声など、自分の語彙力のなさを感じて宮本が激しく落ち込んでいたら、「褒め殺ししすぎだろ、クソガキが……」という、橋本の照れた声が耳に聞こえてきた。
(電話の向こう側で、どんな顔をしているんだろう? それがすっごく見てみたい!)
「ねぇ陽さん」
「なんだよ?」
「好きです」
目を閉じて、頭の中に橋本の姿を思い描き、ありったけの気持ちを込めて告げた。
「わかったから。しつこいぞ雅輝」
「じゃあ別のことを言いますね。陽さんの全部を愛して――」
「うっ、しつこいぞ!」
顔を赤くしながら、困り果ててしまえばいいのにと、宮本は意地悪なことを考えついてしまう。
「じゃあ質問。江藤ちんに嫉妬したでしょ?」
第一声で聞こえてきた橋本の声色や、それまでの内容を考慮して訊ねた。
「してねぇよ、じぇったいにっ……。チッ!」
慌てて答えたせいか、橋本は思いっきり噛んでしまったことに舌打ちして、あからさまな苛立ちを表した。らしくないその様子で、江藤と逢っていたのを気にしているのがわかり、ちょっとだけ嬉しくなる。
「ごめんね、陽さん。江藤ちんと逢うときは、事前に知らせるから」
「嫉妬してねぇって言ってるのに。知らせる必要はない」
「嫉妬してなくても、少しくらいは気にしてるでしょ?」
「気にしてねぇよ。だから知らせる必要もない、好きなだけ逢えばいだろ。俺は関係ないんだからさ」
「陽さんは俺の好きな人です。関係ない人じゃない、大切にしたいから。誤解させたくないから、きちんと報告します」
好意がないことがわかっているものの、多少なりとも自分を気にしている橋本に対して、ぞんざいに扱えないことをしっかり伝えた。
「そうか、わかったよ……」
しばしの間の後になされた橋本の返事は、仕方ないなという感じと、羞恥心が入り混じった声になって、宮本の耳に届いた。
「それよりも、こんな時間に電話してくるなんて珍しいですよね」
「直接見せたいものがあってさ。悪いけど家に帰らずに、まっすぐせせらぎ公園の駐車場に戻ってきてくれないか?」
気を取り直したらしい、落ち着いた橋本のお願い事で、宮本の頭の中に疑問符が浮かんだ。
告白の返事はしなくていいと、宮本はアプリで伝えていた。しかし白黒はっきりつけたがる、竹を割ったような性格の橋本なら、てっきり返事をするんじゃないかと予想し、何らかのリアクションを実は待っていた。
(告白の返事じゃなく、見せたいものがあるなんて、いったい何だろう?)
「わかりました。これから向かいますね」
「俺はインプの洗車をしてから行く関係で、ちょっと遅れるかもしれない。済まないな」
宮本の返事を待たずに、橋本は先に通話を切った。
かけてこない時間帯の電話に、自分を待たせるインプの洗車など、謎に満ちた橋本の行動に、宮本は首を捻った。
「江藤ちんからわけてもらった自信があれば、どんな物を見せられても、きっと大丈夫だろうな。だって俺様なんだから!」
ふふふと小さく笑いつつ、江藤につねられた頬を擦ってからギアをシフトチェンジし、ゆっくりとデコトラを発進させた。
実際のところら多少の不安はあったが、大好きな橋本に逢える嬉しい気持ちが勝っていたので、せせらぎ公園に向かう道中は、デコトラを楽しく運転することができた。
絶対不可能だというのに、スキップするような運転がしたくて、大きなハンドルを握りしめている宮本の両手が、意味なくうずうずしてしまうくらいだった。
指定された場所に到着してから、5分ほど遅れて橋本のインプが滑り込むように駐車場に入り、デコトラの隣に停車した。
インプの存在を確認するなり、宮本はデコトラのエンジンを切って、よいしょとトラックから降り立ち、ところどころ車体が濡れたインプの傍らに駆け寄る。助手席の窓から中を覗いてみたら、橋本は宮本と目が合うと、中に入れと座席に指を差した。
暗がりでもわかる、顔色の冴えないその様子を宮本は心配しながら、ドアを開けて乗り込んだ。
「陽さん、こんばんは……」
「ああ、済まないな。突然呼びつけて」
(昨日ここで告白したというのに、今日は何だか雲行きが怪しすぎる――)
「だっ大丈夫ですよ。あとは家に帰るだけだったし」
「…………」
暗い雰囲気を何とかしようと、明るく接する宮本を橋本は無視し、シートベルトを外して手早く座席を後ろに下げた。
万が一、宮本に襲われても逃げられる体勢をとったのか。それともリラックスしながら話をするためなのか――暗い雰囲気をまとった橋本からは、その違いがわからなかった。
「陽さん俺、何か怒らせるようなことをしちゃいましたか?」
橋本の様子から、当てはまりそうなことを、宮本は思いきって訊ねた。
「怒らせるような何かをした自覚が、雅輝にはあるんだな?」
隣に睨みを利かせた橋本は車内灯を付けて、宮本の目の前に、音もなくそれを突きつけた。
「ヒイィッ! ななな何で!? いつの間に?」
「それは俺のセリフだクソガキ! 人が恐怖で気を失ってるときに、堂々と襲うなんてな」
よく確認しろと言わんばかりに、反対の手で写真をバシバシ叩きながら証拠を見せつける橋本に、宮本は亀のように首を引っ込めて、両目をつぶった。
(あのときは、ギャラリーがひとりもいない場所まで移動したはずなのに、どうしてこんな写真が撮られているんだ。どういうことだよ!?)
橋本の手にある写真は、仲直りした日の夜に、宮本がインプを運転したものだった。濡れた枯葉でタイヤを滑らせて、数秒間だけ車を飛行させた衝撃のせいで橋本が気を失い、口を開けたままぐったりした友人の頬に、宮本がキスしている瞬間が、ばっちり撮影されていた。
その部分がクローズアップされているため、白黒写真でも人相がわかる上に、ただならぬその場の雰囲気まで伝わってきそうな仕上がりで、宮本の頭の中は弁解の言葉でいっぱいになった。
「ごめんなさいです! 白目を剥いて横たわってる陽さんを見ていたら、愛おしさがぶわっと募ってしまって、思わずキスしちゃいましたぁ……」
「白目を剥いてる俺を見て、どうして愛おしさが募るんだ。馬鹿なのか、おまえは」
手に持っていた写真をダッシュボードに放り投げるなり、橋本は頭を抱えてうんうん唸りだす。
「何て言えばいいのか。う~んと、普段は見られない姿じゃないですか。貴重な陽さんを見ることができて、ほわぁっと萌えてしまった感じです」
宮本は両手に拳を作りながら、目をしっかり開けて力説してみた。そんな熱意も何のその、冷凍庫並の冷たい眼差しを、橋本はびしばし飛ばす。
「やれやれ……。ときどき俺の理解できないことを言うから、要らない誤解を生んでるのを知らないだろ」
言うなり、ポケットからスマホを取り出し、画面をタップして操作する。
「要らない誤解?」
告げられた意味がどうにもわからず、宮本が首を傾げると、橋本は握りしめていたスマホを隣に手渡した。