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monologue 3
そこから、元貴と、バンドを組んだ。
卒業ライブに向けて組んだ、小さなバンドだった。
すっかり仲良くなれた俺たちは、ゲームの話をしながら、バンドの話をしながら、なけなしのお小遣いを持ち合わせてスタジオを借りて、何度も何度も練習した。
卒業ライブということもあって、一曲を除いてほとんどがコピーバンドとしての立ち位置だったわけだが、俺は元貴の作った曲が弾けないことにほんのちょっとの不満を抱きつつも、あの歌声を右隣に聞きながらギターを弾ける日々に満足していた。
クラスの皆にしれっとした目を向ける元貴が、俺を見つけると嬉しそうな顔をすることとか、皆が会えない日に俺はスタジオで会えてることとか、そこはかとない優越感と独占欲が自分の中に蠢くのを無視しながら、青春に身を焚べた。
「滉斗ぉ、一緒にゲーセン行こうよ」
元貴とスタジオに向かおうと下足室で靴を履き替えていると、クラスでも人気の女の子に声をかけられた。
メイクに慣れていないのか、少し浮いたリップグロスの色が気になりつつ、俺は、ごめん!この後元貴とスタジオ練なんだ、と軽く挨拶して、背を向けた。
「…いいのー?どう見ても若井のこと好きそうだったけど」
飲み終わった紙パックのカフェラテで手遊びしながら元貴がこちらを見ないまま聞いてきた。
俺は一瞬何のことを聞かれたのか分からず、ああ、さっきの女の子か、と理解する。
「サッカーの方もさ、最近渋い〜って悪口言われてるみたいですけど?」
なぜか若干挑発的な、いや、すこし拗ねたような物言いをする元貴を不思議そうに見る。
元貴は中身のないカフェラテのストローにもう一度口をつけてズズ、と音を鳴らして少し顔を背けた。
「いや、全然いいよ、元貴とギターしてる方が楽しいし」
至極当然のそのまんまの気持ちを言ったつもりが、元貴は少し驚いたような表情を一瞬した。
それから、少し俯いて、ズズ、とまたストローを吸う音を鳴らす。その一拍の間をとってから、元貴が顔をあげる。
「よくそんな恥ずかしいことサラっと言えるね、アンタ」
見たことないくらい満足そうな笑顔だった。
それでいて、本当に嬉しそうな、少し呆れたような、眉を下げながら、彼はあまりにも優しい目をしていて、息を呑んだ。
ドキドキして、仕方なかった。
ふふっ、と満足そうに鼻で笑ってから元貴は肩を組んでじゃれてきて、雑談をすぐ始めてきたのだけど、あの時元貴がなんて言っていたのか俺には全然聞こえていなかった。
聞く余裕がなかった、が、正しいか。
小さなステージ、といってもまぁ100人くらいの規模が集まるそこそこの卒業ライブだったわけだけど、あの時の光景は今でも鮮明に思い出される。
元貴の歌声を届けたい。
元貴の歌をお前らに聞かせてやりたい。
聞け、分かれ、知れ。
元貴の一部で在りたい。
あの瞬間、確かに俺は元貴の一部になれた気がした。
嬉しかった。
元貴の音の一粒が、俺なんだと思うと、恍惚感と、高揚感と、意地汚い独占欲と、色んなものがドーパミンの名を借りて溢れ出て、あの瞬間の感覚だけは、どの快感とも比べものにならないものだった。
そうだよね、元貴。
と思ったのは俺だけだったようで。
「今日は本当にありがとう!で、このバンドは今日でおしまいね」
そうだねー、本当に楽しかったありがとー、なんて浅い言葉を吐く他のバンドメンバーの声を遠くに聞きながら、俺は呆然とした。
卒業。解散。
俺はなぜだかまだまだ続くような気がしてしまっていたから、その瞬間耳が遠くなるようで、謎に世界に見放されるような感覚がした。
「えっ。で、でも、元貴、まだ音楽やるんだよね?」
「うん、やるよー」
元貴は機材を片付けながら声だけで返事する。
辺りではガチャガチャと片付けの音が四方で鳴っているのに、俺には何だかどれもうまく耳に入らない。
ギターを持つ手に力が入る。
棒立ちでしゃがんで作業する元貴の背中を見つめる。
「でも俺、プロ目指してるから。本気でやるからさ」
元貴は手を止めないままに続けた。
その瞬間、後頭部から鈍器で殴られたような衝撃、とも違うか。
なんだか、胃とか、心臓とか、そういった臓物をぐぐっと何者かに握られたような、吐きそうな程の不安感と恐怖心と悲しみに似た何か、を感じた。
その元貴の言葉で十分説明に足りていた。
お前の在り方じゃ、ギターじゃ、足りない、と言われたのだ。
まぁ、そうだった。
楽しくて仕方なかったけど、サッカーも、高校受験も、友達との青春も、何も捨てられないまま、楽しいままに、ギターに、元貴に向き合っていた俺は、とてもじゃないけど元貴と同じステージには立っていなかったのだけど。
今思えばそうなのだけど、あの時の俺にはそれを理解するには若過ぎたから、とにかく、辛かった。
返す言葉も見つからなくて、片付けに参加もできないまま突っ立っているといつの間にか片付けは終わっていて、元貴は荷物を背負って帰ろうとしていた。
「じゃあね、若井」
いつものようにまた明日、と言えないことに気がつくには遅過ぎた。
なんだか優しすぎる声音のじゃあね、が、耳にこびり付いて、喉元まで上がってきた言葉は何一つ声にならずに、無言のまま俺たちは解散してしまった。
その春、俺たちは中学を卒業した。
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅーってなった😭💔 「元貴の一部で在りたい」って滉斗の気持ちがまっすぐすぎて泣ける……。 でも「じゃあね」の一言であっけなく終わっちゃった切なさ、青春ってこういうものだよなぁ。 圧倒的だった歌声の隣でギター弾けてたあの時間が、滉斗にとってどれだけ特別だったか、ひしひし伝わってきたよ。 続きがすごく気になる……!