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sm視点
連休明けの月曜。
大学終わりにそのままバイト先へ向かう。
電車に揺られながらシフトを確認していると、今日の日付にきんときの名前があった。
その名前を見て、気分が少し高揚するのを感じる。
どうやら、俺はきんときと仕事をするのが楽しいらしい。
…ただ。浮つく気持ちと対照に、ある1つの感情を抱くようになってしまった。
きんときが悩みを打ち明けてくれたあの日。
あの日から、何故かきんときと話すのが億劫になった。
もっと一緒に居たいと思う気持ちと、
顔を合わせるのが怖いという気持ち。
相対するこの感情の意味が、俺には分からない。
きんときのことをどう思っているのか?
分からない。
ただの後輩…ではない気がする。
きんときのことを嫌いになったのか?
いやそれはない。どんな事情があろうと嫌いになることはない。
なら、きんときに…多少なりとも好感を抱いているのか?
それは……分からない。
何故きんときと居ると楽しいのか。
何故きんときに対して恐れを抱くようになったのか。
何故…あの日から胸の奥が苦しいのか。
俺には、分からない。
ただひたすらに、自問自答を続ける日々。
連休の間ずっと考えていても、このクエッションに答えが出ることはなかった。
きんときは俺にとってなんなのだろうか。
ただひとつ、分かることは、
もう、元の関係には戻れないということだけだ。
kn視点
『かわいいね、きんとき』
『きんときが1番だよ?』
頭に浮かぶのはいつも同じような言葉。
Broooockの言葉は作り物。
俺に向けた言葉は本物じゃない。
そんなの分かってる。
分かってるのに…
「っ!」
ガコン、とグラスがシンクに落ちる音が開店前の店内に響く。
その音でようやく現実に引き戻される感覚がした。
あぁ、そうか…バイト中だった。
「…大丈夫か?」
隣でレジを弄っていたスマイルさんが心配そうに俺を見る。
「大丈夫です」
「…気をつけろよ」
グラスを拾いながら、スマイルさんに頭を下げる。
…考え事をしてたらまたスマイルさんに迷惑をかけてしまう。
今は、仕事に集中しよう。
カランカラン、
「いらっしゃいま、せ…?」
ドアを開けて入ってきた人達を見て目を疑う。
「…え?」
「え!オシャレなお店!」
「凄い!写真撮ろ!」
入ってきたのは3人の女性。
そ、れと…?
「でしょ~?」
「ぶるーく…?」
な、んで…
「…きんとき?」
「!」
聞き覚えがある声が聞こえて振り向く。
立っていたのは紛れもない、シャケだった。
「え…?」
シャケは俺の方を見て目を見開いている。
ぽかん、と口を開けた間抜けな顔。
きっと俺も同じ顔をしているんだろうけど。
「きんとき、なんで…」
「急に来ちゃってごめんねー?」
シャケの声をかき消すように、Broooockが上から声を被せる。
「合コンの会場探してたんだけどさ~、いいお店見つからなくて!」
「え…?」
合コン…?
会場…?
ガツン、と頭を強く殴られたような衝撃が走る。
Broooockの言葉の意味を処理するのに、然程時間はかからなかった。
「きんさんのバイト先が案外良かったから来ちゃった!」
「っ…」
固まる俺の横からスっと出てきたスマイルさんが、みんなをテーブル席に案内する。
「き、きんときっ…!」
視界がぼやける中。
俺を呼ぶ声が耳に入る。
目を向ければ気まずそうな顔をしたシャークんがこちらを見ていた。
「…シャケも?」
「ちがっ…!その、俺はただの数合わせで…」
「…」
「Broooockさんに呼ばれただけで…合コンとか全然興味無いし!でも、き、きんときがいるなんて思わなくて…」
顔を真っ赤にしながら早口で言葉を並べるシャケに返す言葉が見つからない。
「…そっか。楽しんでね」
混乱状態の頭の中では、それしか言うことができなかった。
Broooockが合コン…?
考えてみれば当たり前。
ひどい。信じてたのに。
俺のこと以前にアイツは女好きだ。
かわいいって言ってくれたじゃん。
脳内に木霊するのは、酷く達観している自分と、期待している自分。
真反対な気持ちが心の中で交差する。
だんだんと呼吸が浅くなる。
視界がぼやけて指先が震える。
あ、これやばいかも…
「大丈夫か?」
「!」
腰を抱き寄せるように支えられる。
横を見れば、心配そうな顔をしたスマイルさんがいた。
「顔色悪いぞ?」
「っ…」
「…もしかして、この前言ってたBroooockってやつアイツか?」
スマイルさんの言葉に黙って頷く。
「…分かった。接客は俺がやってくる」
「え…?」
「その顔で客の前に出られても困る。カウンター籠っとけ」
「……すみません、ありがとうございます」
宣言通り、スマイルさんは接客を全てやってくれた。
Broooockたちが座っている席から聞こえる楽しそうな声から耳を背けるように、洗い場に籠る。
チラリと客席を見ると、オーダーをとっているスマイルさんが目に入る。
その横顔が、俺には凄く頼もしく見えた。
「…アイツら、帰ったぞ」
「!」
しばらくスタッフルームで作業していると、スマイルさんが入ってきた。
どうやらBroooockたちは帰ったらしい。
「…ありがとうございます」
頭を下げると、スマイルさんは気まずそうに視線を逸らした。
「べつに…」
素っ気なくそういうと、エプロンを脱いで机の上に置いた。
「…スマイルさんって案外優しいんですね」
「は…?」
「さっきの、嬉しかったです」
俺が笑顔でそういうと、スマイルさんは少し固まって直ぐに顔を逸らした。
「…おれ、は…べつに…」
顔を真っ赤に染めてモゴモゴと口を動かすスマイルさんが、普段の雰囲気とは全然違って、その様子が面白くて笑みが零れる。
「ふふ、」
「…何がおかしい」
笑っている俺を見て、 ムッとしたようにこちらを軽く睨んできた。
子供っぽい反応にさらに笑ってしまう。
「だって、面白いから」
笑いながら言うと、スマイルさんは不服そうな顔で俺の額に軽くデコピンをした。
「…先輩をバカにするのもいい加減にしろよ」
口調は怒っていても、スマイルさんの口角は上がっている。
スマイルさんも楽しんでるのを見て、こっちも気分が上がるような感覚がした。
カタン、
「!」
ちょうどそのとき。
窓に何かがあたる音がした。
「…雨か?」
目の前のスマイルさんが窓の外を見て呟く。
見れば、小さな雨粒がぱらぱらと降っていた。
雨が音をたてて窓を叩く。
「え、うそ」
「…どうした?」
「傘、持ってきてない…」
今朝の天気予報では晴れだと言っていたのに。
これから帰るというタイミングで雨が降るなんてついてない。
「どうするんだ?」
「いや、まぁこのくらいの雨なら…走って帰ろうかな…」
なんてことを呟いた途端、雨が徐々に勢いを増した。
「まじか…」
「…なぁ、」
どうしようかと頭を悩ませていると、スマイルさんがこっちを見た。
「…折りたたみ持ってるんだが…お前も入るか?」
「え…?」
静かなスタッフルームに雨音が響く。
俺を見るスマイルさんの目は真剣だ。
どうやら、冗談ではないらしい。
「いいんですか…?」
「…あぁ。こんな中帰ったら風邪ひくだろ」
外に降り注ぐ雨と、スマイルさんの顔を交互に見つめる。
「…じゃあ、遠慮なく」
断る理由はなかった。
雨は先程より強くなっていた。
店先の階段から空を見上げる。
Broooockは…今頃ホテルかな。
そんなことを考えていると、シャッターを閉め終わったスマイルさんがやってきた。
「風強いな」
折り畳み傘を広げるスマイルさんの後ろにくっつく。
歩き出すと、強い雨が傘にあたる音がした。
「っ!そんなこっちに傾けたらスマイルさん濡れちゃいますよ!」
「こうしないとお前が濡れるだろ」
「そんなこと気にしなくていいですから…!」
濡れないように、できる限りスマイルさんにくっつく。
「…?」
少し進んだあたりで、急にスマイルさんが止まった。
顔を覗き込むと、スマイルさんはびっくりしたように目を見開いていた。
「どうしたんです、か…?」
視線の先を追う。
目に入った人物を見て、俺も体が固まった。
土砂降りの雨の中。
道の向こうに立っていたのは、シャケだった。
差している傘とはまた別の1本の傘を持っていた。
「さっきの…」
「シャケ…?」
「っ…!」
シャケはこっちを見たまま硬直している。
「どうしたの?帰ったんじゃ…」
俺が問うと、シャケは気まずそうに視線を逸らした。
「いや、その…帰ってたら急に雨降ってきたから…きんとき、傘持ってんのかなって…」
「え…、」
「コンビニで傘買って、待ってた…」
嘘でしょこの雨の中…?
シャケは少し悲しげな目でスマイルさんを見る。
そして、ぎごちない笑顔を俺に向けた。
「でも、いらんかったよな…」
「っ!」
「……ごめん」
「ッシャケっ!」
シャケはそれだけ言うと、走り去っていった。
シャケの後ろ姿が闇夜に消える。
「…大丈夫か?」
強い雨とスマイルさんの声が、あたりに響く中。
シャケの泣きそうな声だけが、俺の鼓膜に張り付いていた。
shk視点
最悪だ。
土砂降りの雨の中。
行く宛もないのにただひたすら道を走る。
地面から跳ね返った雨がズボンの裾にかかって、ズボンは既にびしょ濡れだ。
「はぁ、はぁ…」
息が切れて立ち止まると、腕の中にある一本の傘が目に入った。
「…」
傘を見た途端、胸の奥がズキンと痛む。
…2週間ほど前。
Broooockさんにご飯を食べに行かないかと誘われた。
きんときのこともあったし、情報収集のつもりで2つ返事で了承した。
なのに、行ってみれば集合場所には見知らぬ女が2人いた。
騙されたのだ。
帰ろうと思ったが、Broooockさんに阻止され、渋々着いていくことにした。
どうやら、合コンの数合わせとして呼ばれたらしい。
重たい気分のままBroooockさんの後ろをついていくと、お洒落なバーについた。
…まさか、きんときが働いているとは思わなかった。
必死に言い訳を並べたけど、きんときは信じてくれなかった。
きんときの傷ついたような表情。
その顔をみたショックで頭がいっぱいで、合コンはなにひとつ楽しく感じなかった。
どうにか弁明したくて、合コンが解散後、雨を口実に店先で待つことにした。
きんときと俺がはじめて会ったのも、雨の日だったから…少し、期待していた。
でもそんな期待はすぐに消えた。
きんときの隣を歩いていたのはバーにいた若い男。
スラッとしたモデル体型に綺麗に整った顔。
誰が見ても綺麗と答えるような容姿をした男と、ひとつの傘を共有していた。
『シャケ…?』
きんときが驚きながら俺を見る。
並ぶだけで絵になりそうな2人。
まるで漫画の主人公とヒロインみたいだった。
俺は、主人公にはなれない。
ずっと直視していなかった現実を突きつけられたようだった。
きりやんさんの話を聞いて浮かれていた。
きんときを救えるのは俺しかいないって。
でも、そんなことなかった。
あんなイイヤツ、誰も狙ってないわけがない。
きんときを好きな奴は他にもたくさんいる。
俺は身長も高くないし、余裕もない。
俺が、主人公になれるわけがない。
俺は、夢を見ていただけだった。
「…」
地面の水たまりに、自分の顔が映る。
酷く情ない顔だった。
「逃げないって、約束したのに…」
俺は、逃げてばっかりだ。
帰ったら、Nakamuに連絡を…
「シャケっ!!」
「!!」
「え…?」
「よかった!まだ近くにいて…!」
後ろから走ってきた人物に腕を引かれた。
後ろを振り返ると見えたのは、黒髪を靡かせ、青いジャージを纏った男…きんときだった。
きんときは、俺の顔を見て笑う。
「なん、で…?」
あの男と一緒に帰るんじゃ…
「シャケが走ってっちゃうから追ってきちゃった」
見れば、おってきたのはきんときだけのようで、あの男はいなくなっていた。
きんときは、俺が手に持っている傘を指さして笑う。
「それ、俺のために持ってきてくれたんだよね?」
「っ…ま、ぁ…」
「使ってもいい?」
「ぇ…、」
「俺今日傘持ってきてなかったからさー、マジで助かる!ありがと」
きんときはそういうと、俺の持っていた傘を広げた。
きんときの肩に水滴がついているのが見える。
よく見れば、髪も少し濡れていた。
…わざわざ俺を追ってきたのだ。
雨に降られてまで。
「シャケの家まで送るよ」
「…いい、の?」
「もちろん」
きんときはそういうと水たまりでいっぱいの道を歩き出した。
俺も少し躊躇いながらきんときの横を歩く。
傘があるから距離はあまり近くないけど、2人きりになるのは久しぶりで、胸が高鳴るのを感じた。
「シャケの家どこ?」
「もう少し歩いたらある」
柔らかな笑顔、落ち着く声。
俺の目に映るきんときは、やっぱり魅力的だった。
さっきの男は、きんときのことが好きなのだろうか。
…たぶん、そうだ。
きんときを見つめる、あの男の目。
完全に『好きなヤツ』を見る目だった。
「…シャケ?」
「っ!な、なに…」
「ちょっと、話聞いてなかったでしょ」
「あ、ごめん…」
「も~」
きんときは頬を膨らませて俺を軽く睨む。
その顔ですら可愛くて、心臓がドキッと跳ねた。
「ごめん、なんの話してた?」
「居酒屋一緒に行きたいねって話!」
「え…居酒屋?」
きんときの言葉に首を傾げる。
「お酒飲めなくても楽しめるお店があるって、シャケが教えてくれたんでしょ?」
「あぁ…」
そういえば…
「この間誘ってくれたのに断っちゃったから、今度は行きたいなって。来週とかどう?」
「っ…」
「忙しい?」
「いや、全然ひま…」
「ほんと?よかった」
これは…デートってことでいいのだろうか…
にこにこと暖かい笑みを浮かべるきんときに、そんなつもりはないのだと思うが、誘われた事実に心が踊った。
傘をたたく雨の音が小さくなっていくのを感じる。きっと雨がもうすぐ上がるのだろう。
雨はあまり好きじゃないが、今だけはもう少し、降っていてほしいと感じた。
「…ここ、俺の家」
気づけば俺の家の前だった。
駅から少し歩いた場所にある小さなアパート。
アパートの駐車場で足を止める。
「ここがシャケの家?綺麗なアパートだね」
「まぁ…」
雨はすっかり止んでいた。
「傘…やる」
「え、いいの?」
「ん。帰りも雨降るかも知れないし。いらなかったら捨てて」
「ふふ、捨てないよ。予備として持っとくね」
きんときはそういうと、優しく笑った。
雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。
微かにもれる太陽の光が、きんときの笑顔にかかって、見惚れてしまうほど綺麗だった。
「あ、あのさ、きんとき…」
「ん?なに?」
去っていこうとするきんときの背中に声をかける。
「おれは、ただの数合わせで合コン呼ばれただけだからっ…」
「え…?」
「ほんとに、俺は女とか興味ないし…」
好きなのは、きんときだけ…
なんてことは言えず、口をもごもごとさせる。
顔に熱が集まるのを感じた。
「ふふ、知ってるよ」
「え、」
「シャケが合コンあるって知らなかったのも知ってる。シャケ、合コンとか参加するタイプじゃないでしょ?」
「っ…」
「飲み会だってあんなに緊張してたのに」
そう言って笑うきんときに、俺も頬が緩む。
「じゃあね、シャケ。また来週」
「ん。…また、連絡する」
「うん、待ってるね」
バイバイ、と控えめに手を振ると、きんときは傘を持って帰っていった。
小さくなっていく背中を見つめる。
…Nakamuにはいい報告ができそうだ。