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「まったくもう!信じられない。あれでよく副社長なんて務まるわね。大丈夫なのかしら、うちの会社」


翌日、ブツブツと文句を言いながら人事部のオフィスに行くと、同期の藤田が向かいの席から声をかけてきた。


「よう!阿部 真里亜。久しぶりだな。いいのか?副社長についてなくて」


「藤田くん。フルネームで呼ばないでってば」


「いいじゃないか。だって『アベ・マリア』だぞ?こんなインパクトある名前、誰だってフルネームで呼びたくなる」


はあ…と真里亜は、ため息をついて席に座った。


両親が軽いノリで付けたというこの名前は、とにかくこんなふうにイジられるのだ。


それに名前だけで、

「きっと絶世の美女なのでは?」

と期待され、黒髪に黒い瞳、パッと人目を引くような華やかさもない本人を見ると、なんだ…と勝手に落胆される。


大人になってからは、なんだか名乗るのも畏れ多くなり、極力フルネームは名乗らないようにしてきた。


「どうした?ため息なんかついて。いい名前じゃないか、アベ・マリア。お前さ、結婚しても夫婦別姓にしなよ。それか、アベさん限定で相手を探すか」


「は?どうしてよ」


「だって、せっかくのアベ・マリアが変わっちまうじゃないか。もったいない」


真顔で話す藤田に、真里亜は呆れ気味になる。


「そんなこと思うの、藤田くんくらいよ」


「ええー?そうか?みんな一度聞いたら忘れられないぞ、お前の名前。大事にしろよ」


そう言うと、藤田は手にした書類をトントンと揃えてから立ち上がり、部屋を出て行った。


「お?阿部くんじゃないか。どうしてこっちに?」


藤田と入れ違うように部屋に入って来た部長に、真里亜は、待ってましたとばかりに駆け寄る。


「部長!おはようございます。あの、やっぱり私、副社長には秘書課の方についてもらった方がいいと思いまして」


すると部長は、何を今更と言いたげに口を開く。


「それが無理だから、今はとりあえず君についてもらってるんだろう?」


「そうですけど。いつまでもこのままというのは…」


「では秘書課に、誰か副社長についてくれそうな人はいるの?10人いる女性秘書が全員、1ヶ月と持たずに音を上げたんだぞ?」


「ですから、それは。別の部署から希望者を募れば…」


「その人が長く務まる保証は?それがないから、まずは君が副社長について、何が問題なのか改善点を見つけることになったんだろう?その君が役目を放り出してどうする」


うっ…と真里亜は言葉に詰まる。


「ほら、分かったら早く副社長室に戻りなさい」


「…はい」


しょんぼりとうなだれる真里亜の肩に、部長が労るようにポンと手を置く。


「頼んだぞ。副社長につくのが他の人でも大丈夫になれば、また人事部に戻っておいで」


「はい、がんばります」


真里亜は、優しく笑う部長に頷くと、鞄を持って人事部の部屋を出た。




「あー、早くお役御免になりたいな」


エレベーターで最上階に向かいながら、真里亜は小さく息をつく。


この1年人事部に、副社長の秘書を辞めたいという申し出が毎月のように寄せられていた。


秘書課には、女性秘書が10人、男性秘書が5人いるのだが、副社長につく秘書は1年前から女性に限定されている。


副社長本人の要望で、理由は明言されていないが、恐らく言い寄ってくる女性の前で恋人のフリをする為だろうことは、真里亜にもすぐ分かった。


現に夕べの企業懇親会でも、副社長は何度も真里亜を呼び寄せては、恋人のように紹介していた。


むしろ分からないのは、秘書を辞めたいという申し出の方だった。


副社長は、30歳のイケメン御曹司。


もちろん時期社長となる人物で、初めは秘書課でも、副社長につきたいという女性秘書が次々と手を挙げていた。


だが実際についてみると、皆、1ヶ月程で配置換えを願い出る。


つまり、副社長とはやっていけない、と。


ついに秘書課の女性全員が白旗を掲げ、それではどこか他の部署から希望者を募ろうとした真里亜に、部長が待ったをかけた。


このままでは、同じことの繰り返しになる。


どうして長続きしないのか、何が原因なのかを究明しなくては、と。


そして真里亜に、それを探って欲しいと部長は頼んできた。


人事部の私に秘書の仕事は無理ですよ!と首を振ったが、秘書としての業務は秘書課で請け負ってくれるから、ただ副社長の側近としてしばらく様子をうかがって来てくれ、と言われ、渋々引き受けたのだった。 


「副社長についてからそろそろ1ヶ月か。私も部長に愚痴こぼしちゃったし、秘書課の皆さんと同じだわ」


どうしてたった1ヶ月で心変わりするのだろう?と疑問だったが、実際に自分もやってみるとその気持ちがよく分かった。


副社長は、とにかく人当たりが悪い。


いつも仏頂面で、ぶっきらぼうに指示を出す。


朝から晩まで仕事漬けで、一緒にいるとクタクタになるまで働き詰めになる。


(いや、それはまだ良しとしよう。秘書課の皆さんだって、それだけなら耐えられたはず)


何より堪えるのは…


「人を人とも思ってないようなあの態度よー!!」


真里亜は、他に誰も乗っていないのをいいことに、エレベーターの中で思わず叫ぶ。


「いくら女嫌いだからって、あんなにホイホイ名前を間違える?いや、間違えるなんてレベルじゃないわよね。私の名前なんて、きっと覚えてないもの」


藤田に、インパクトのある名前だと言われたのを思い出し、鼻で笑ってしまう。


「ほらね、藤田くん。全然そんなことないんだから」 

それに副社長はいつも、

「おい」「ちょっと」「お前」といった具合で呼びかけてくる。


(きっとロボットみたいにしか見られてないんだろうな)


それが毎日、しかも一日中続くと、だんだん気力もなくなってくる。


周りには誰もおらず、常に副社長と二人きり。


ふとした瞬間に虚しさが込み上げてくるようになり、思わず今日は人事部に顔を出して愚痴をこぼしてしまった。


「でもがんばらないと!このままだと堂々巡りだもんね。よし!なんとしてもこの状況を打破してみせる」


真里亜は拳を握りしめて頷くと、最上階でエレベーターを降りた。  




コンピュータや通信機器、OA機器関連業界のトップ企業であるAMAGIコーポレーションに入社して、真里亜は今年で3年目になる。


IT関連にも事業を広げており、時代の最先端をゆく技術を開発していることもあって、経営陣も若手が多い。


副社長の|天城《あまぎ》 文哉は社長の長男で、仕事はバリバリこなし容姿端麗。


もちろん女性社員からも熱い視線を集めているが、身近に彼と接する人達からの評判は悪かった。


「遅い」


副社長室のドアをノックし、失礼いたしますと頭を下げて入った途端に、不機嫌な声が飛んでくる。


「おはようございます」


まずは挨拶から、と真里亜がにこやかに笑ってお辞儀をすると、何をしていた?と無愛想に返された。


しかも一瞥もくれない。


(一応、入って来たのが私だってことは分かってるのよね?)


そう思いつつ、もう一度

「副社長、おはようございます」

と、やたらゆっくり丁寧に頭を下げてみる。

 「何をしていて遅れたのかと聞いている」

返ってきたのは、またもやパソコンに目を落としたままの冷たい言葉。


「副社長。幼稚園には通っていらっしゃいましたか?」


「はあ?」


ようやくパソコンから顔を上げてこちらを見た。


「副社長は確か、慶友大学付属幼稚舎のご出身ですよね?朝のご挨拶はお忘れで?ほら!皆さーん、おはようございまーす」


そう言って、右手を耳元に持っていき返事を促す。


「ごきげんようだ」


「…は?」


「挨拶は全て、ごきげんよう」


「な、なるほど。さすがはいいとこのボンボンですね。へえ、今どき本当にごきげんようなんて使うんだ」


真里亜が妙に感心していると、副社長はチラリと腕時計に目を落とした。


「…45秒」


「は?」


「お前のくだらない話に45秒つき合わされた。借りは返せ。早く仕事をしろ」


はあ…、と真里亜は露骨にため息をつく 。


「かしこまりました」


諦めてうやうやしく頭を下げると、自分の席に鞄を置いてから隣接する給湯室に向かった。




「あーあ、こんなんじゃ誰も私の後任になってくれないよね。もうさ、いっそのことAI秘書の方がいいんじゃない?うん、それがいいよ。今度、|住谷《すみたに》さんに相談してみようっと」


住谷は、秘書課に5人いる男性秘書の一人で、真里亜がこなせない副社長の秘書業務を担当してくれている。


副社長との会話が成り立たない真里亜にとっては、住谷は唯一の相談相手だ。


毎朝、副社長室にやって来る住谷は、真里亜にその日の副社長の予定を報告してくれる。


本来なら副社長に伝えるために来てくれるのだが、本人が聞き流すので、住谷は真里亜に向かって話をしてくれるようになっていた。


給湯室でドリップコーヒーを濃いめに淹れると、真里亜は副社長のデスクに運ぶ。


「お待たせいたしました。コーヒーをどうぞ」


無反応には慣れている。


そのまま頭を下げ、真里亜は入り口近くの自分の席に座った。


パソコンを立ち上げながら横目で様子をうかがうと、副社長はひと口コーヒーを飲んだあと、そのまますぐふた口目を口にする。


(うん、どうやら美味しく淹れられたみたいね)


真里亜は思わず、ふっと笑みをもらした。


まだ副社長について日が浅かった時、コーヒーをいつもより濃いめに淹れてしまったことがあった。


「不味い、淹れ直せ」と言われるかも…と思いながら出してみると、いつもはひと口ずつ飲み、最後まで飲み切らない副社長が、その日は速いペースで飲み干したのだった。


それからは、同じように濃いめに淹れるようにしている。


こういうことも、いずれ自分の後任には引き継ぎしておこうと思いながらパソコンでメールをチェックしていると、コンコンとドアをノックする音がした。


「はい、どうぞ」


真里亜が答えると、失礼いたしますと住谷が入って来た。


「副社長、おはようございます」


まずは丁寧にお辞儀をしてから、住谷は手にしたタブレットを操作する。


「本日のご予定をお伝えいたします」


副社長は相変わらずパソコンをいじったままだ。


代わりに真里亜が自分の席で耳をダンボにしながら、同じようにタブレットで副社長の予定を開く。


住谷も身体の向きをやや斜めにして、真里亜にも聞こえるように話し始めた。


「10時から12時までは本社会議室で役員会議。赤坂のホテルに移動して12時半から14時まで、北野テクノロジーの北野社長と会食。その後社に戻り、15時にアース・インターネットワークの副社長がお見えになります。17時からは…」


延々と続く予定は、21時からの海外企業とのオンラインミーティングで一応終了となっている。


だが、そのオンラインミーティングがいつまで続くかは分からない。


(はあ、今日も長丁場になりそう)


真里亜は長い一日を予想して、気が重くなる。


「本日は以上でございます」


「分かった」


ようやく副社長がひと言返した。


「それでは失礼いたします」


住谷がお辞儀をして踵を返すと、真里亜は立ち上がりドアを開ける。


「ありがとう」

穏やかな笑みを浮かべて礼を言ってくれる住谷に、真里亜は、ようやく人と出会えた!と妙に嬉しくなった。

恋は秘密のその先に

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