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お股ポテト
29
はるにし
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——一年後。
抜けるような水色の空の下、僕は屋敷の庭を走った。
「バルトー!」
梯子に座って高い木枝の剪定をしていたバルトが、振り返った。
「おぅ、リンネ、おかえり。久しぶりだなぁ。結婚式以来か?」
「そうだね」
バルトに会うのを、とても懐かしく感じる。
シュメリとの結婚式を終えて、新婚旅行から戻ったばかりだ。
「バルトと会うのは、ひと月振りくらいかな」
追いついたシュメリが、僕の肩に手を置いた。
「おかえり、シュメリ」
「留守を守ってくれて、助かったよ、バルト」
梯子から降りてきたバルトとシュメリが、拳を合わせた。
「コナハト皇国は、どうだった?」
「素敵な国だった。特に騎士団の統制は素晴らしかったよ。我が国でも見習いたいね」
シュメリが珍しく興奮気味に話した。
「新婚旅行まで仕事の視察とは、ワーカホリックだな」
バルトが笑う。
「仕事を理由にしなければ、騎士団長が一月も国を空けられないだろ」
シュメリが照れたように弁明した。
今回の新婚旅行は、他国の視察も兼ねていた。
だから、コナハト皇国の偉い人にもいっぱい会った。
「お陰で、半分はリンネとゆっくり楽しめたけどね」
シュメリが僕の肩を抱く。
「あのね、僕、海を初めて見たよ!」
「それは凄いな。俺も見たことないぞ」
「すっごく大きくて、しょっぱかった」
「しょっぱい?」
バルトが首を傾げる。
「海水は塩分を含むからね」
「あぁ、そうか。溺れたんだな」
「どうしてわかったの?」
びっくりして僕は身を乗り出した。
「立ち話も何だし、お茶をしないかい? 庭は、根を詰めなくていい」
シュメリが庭を見渡した。
充分綺麗に整えられている。
バルトの仕事の丁寧さを改めて感じる。
「なら、お言葉に甘えようか。道具を片付けてくるから、先に戻ってくれ」
「あぁ、待っているよ」
僕とシュメリは先に屋敷に戻った。
いつものテラスに、お茶の準備をしてもらった。
「お待たせいたしました」
バルトがテラスに戻ってきた。
その姿を見て、シュメリが笑んだ。
「わかってるね、バルト」
バルトは執事姿だ。
黒い執事服に身を包み、髪を後ろに流して整えている。
「おかえりをお待ちいたしておりました、旦那様」
バルトがシュメリに向かって、頭を下げた。
「そういう畏まったのは、いらないよ」
シュメリが嬉しそうに微笑む。
バルトが微妙な顔をした。
「お前は俺を、執事にしたかったんだろ」
「それはそうだけど、あくまで肩書さ。バルトが想定以上に礼儀作法や執事業務を覚えてくれたから、私としては助かっているけどね」
「やるからには中途半端にはできねぇだろ」
バルトが顔を顰めた。
こういうところが、バルトは意外と真面目だ。
「バルトのそういう性格が、私は好きだよ。リンネも喜ぶ」
「うん! バルトの執事姿、似合ってる!」
僕はシュメリと微笑み合った。
成婚までの一年間で、シュメリは見事にバルトを口説き落とした。
事情の一つに、王都の家賃相場の高さもあった。
『家賃が高くて、いい物件が見付からねぇ』
バルトがそう零すや否や。
シュメリは庭の一角を潰して、バルトのために一軒家を建てた。
『格安で貸し出すよ』
そう話した時のシュメリは勝ち誇った顔だった。
『執事業務をこなしてくれたら、家賃はチャラだ。給金も支払うよ』
シュメリのこの発言には、バルトも折れざるを得なかった様子だった。
それ以来、バルトは執事兼庭師の仕事をしながら、魔術師団に通っている。
同じ敷地内に住んでいるから、バルトの家にはいつでも遊びに行ける。
僕にとっては嬉しい結果だった。
「どうぞ」
バルトが優雅な手つきで茶を淹れる。
シュメリに差し出した。
「ありがとう。今日はバルトも一緒にお茶しよう」
「あぁ、わかってるよ」
僕の分と自分の分のお茶を淹れる。
バルトが僕の隣に腰掛けた。
「それで? 新婚旅行の思い出話の続きは?」
執事の格好のまま、バルトが茶を嗜む。
普段は一緒にご飯を食べたりもするから、違和感がない。
背の高いバルトは執事服が良く似合う。
シュメリはバルトに執事服を着せたいだけじゃないかと、時々思う。
それくらい、仕事を強要しない。
(やっぱり、シュメリはバルトを手放したくないだけだったんだ)
バルトは、シュメリが心を許せる貴重な友人だ。
どんな肩書でもいいから、屋敷に置いておきたかったんだろう。
シュメリの執念を垣間見た。
「二人きりの旅行は初めてだったから、何もかも楽しかったよ」
シュメリが、思いっきりデレた。
「海で溺れるリンネも、道に迷って迷子になるリンネも可愛かったね」
「そんなのばっかりじゃなかったもん!」
僕は思わず、異を唱えた。
確かに溺れたし、迷ったけど。
「乗馬は上手かったね」
「お馬さんは、仲良しになったから。いっぱい走ってくれた」
「リンネらしいな」
バルトが吹き出した。
「お買い物も、楽しかったよ。アスランズ王国にはない物がいっぱいあった!」
「へぇ、どんな?」
「お洋服とか、デザインが違ってた」
「コナハトは隣国の中津公国と交易が深い。オリエントな衣装が結構あったよ」
シュメリが、大きな袋を取り出した。
バルトの前に、ドンと置く。
「これは、私たちからのお土産だ」
「すげぇ量だな」
バルトが呆気にとられている。
「我が邸宅の留守を預かってくれたのだから、少ないくらいだよ」
「借りてる家に住んで、庭木の剪定してただけだけどな」
バルトが紅茶のカップを傾ける。
その仕草は、以前より品があって様になっている。
以前とは明らかに違っていた。
(さすが、バルト。元々、器用だけど、僕より仕草が綺麗だ)
バルト自信が、シュメリの執事になると腹を括ったのだろうと思った。
「それだけ平和だったという話だろ。他に預ける人間なんて思い付かないからね。バルトが執事になってくれて、本当に良かったよ」
バルトが、じっとりとした目線をシュメリに向ける。
その目は、前ほど嫌そうではなかった。
「ま、家も借りられて俺も助かっているから、ウィンウィンだな」
バルトが摘まんだマカロンを、僕に差し出した。
僕は反射的にパクリと食べた。
「私たちの仲も、旅行中に深まったよ。ねぇ、リンネ」
「シュメリとは旅行の前から、いっぱい仲良しだよ」
そんなの、今更だ。
僕は首を傾げた。
「ふふ、そうだね」
シュメリが僕の頬にキスをした。
ドキン、と心臓が跳ねた。
旅行中の夜を、体が思い出す。
腰が疼きそうになって、きゅっと力を込めた。
「子作りか」
「はっきり言わないで!」
バルトの肩を、ポカポカ叩いた。
「まだ二人でいたいから。子供はゆっくり作ろうね」
シュメリが耳元で囁く。
顔が熱くなった。
「シュメリも二十三歳だろ。そろそろ子供がいてもいいだろ」
「まだ早いよ。ゆっくりでいいんだ」
シュメリが、嬉しそうに微笑んだ。
「今はまだ、この生活を続けていたいんだ」
シュメリが空を見上げた。
僕もつられて、空を見上げる。
サンマみたいに細い雲が数匹、流れていく。
(僕ら、色んなことがあって、ここまで来たんだ)
色んな事件があって、やっと得た今という幸せだ。
「僕もまだ、このままが良い。今の生活が良い」
シュメリと愛を育んで。
バルトと楽しく庭の手入れをして。
魔術師団で魔術を学んで。
そんな生活が続けばいい。
「三人で、幸せでいたい」
空の雲を眺めながら、今の幸せを噛み締める。
この関係は、ずっとは続かないかもしれないけれど。
どんな風に変わっても、これから先を愛しいと思えるように。
今の幸せを感じていたかった。
コメント
1件
ああ、もうもう、この幸せな空気感がたまりません……! 一年前のいろんな出来事を思うと、今の三人の距離感が本当に尊いです。シュメリが「まだこの生活を続けたい」って言ったところ、リンネが「三人で幸せでいたい」って思ったところ、胸がじんわり温かくなりました。バルトが執事姿でマカロンを差し出す描写、さりげないけどあたたかくて好きです。大切な人たちと、ただ穏やかな時間を重ねていける幸せ——その重みが伝わってくる素敵なエピソードでした🌷