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一ノ瀬と屏風ヶ浦が落ちていった崖下を、呆然と見つめる皇后崎たち。
自分たちも下に行って合流するか、それともこのままゴールを目指すか…
司令塔である皇后崎は、最適解を見出すため必死に頭を回す。
だがそれを邪魔するように、印南が再び彼らの前に現れた。
目の前でトラブルが起きていようが、そんなことはお構いなしに攻撃を仕掛けてくる印南。
容赦のない相手を前に、皇后崎は1つの決断を下した。
「逃げるぞ!」
「え?でも…!」
「下の2人が負傷してたらアウトだ!負傷者をかばいながら先公を相手にすれば、それこそ時間を削られる!バカ四季なら意地でも山頂へ向かうはず…それを信じるしかない!先公が下へ行かないように引きつけるぞ…!」
「なるほど…!」
皇后崎の的確な指示を受け、遊摺部・手術岾・漣は走り出す。
チラリと印南の方へ視線を向けてから、殿を務める皇后崎もまた走り出すのだった。
そんな生徒たちの様子を見つめる鳴海の表情は不安でいっぱいになる。
印南に追われるメンバーの状況、落下した一ノ瀬と屏風ヶ浦の安否、矢颪と猫咲の戦況…
生徒たちのことを信じこれからの行動を予測している鳴海に、無陀野は静かに話しかけた。
「鳴海。」
「んぇ?なぁに?」
「また手を握り込む癖が出てるぞ。」
「え?うわ、ほんとだ。血が滲んできてる…」
「…鳴海の目から見て、一番危ないと思うのはどこのグループだ?」
「…先頭グループには迅ちゃんがいるから、何とかしてくれると思う。」
「ん。」
「帆稀ちゃんのことは、四季ちゃんが絶対守ってくれるはず。」
「…となると、気にしてるのは矢颪だな。」
「そこなんだよねぇ…出発前から少し荒れてたし、皆とも上手くやれてなかったから。あの状態で猫ちゃんに挑んでも、勝ち目はないよ」
「…分かった。お前は矢颪のところへ向かえ。」
「えっ、いいの?」
「あぁ。先頭グループの動きは想定内だから印南に任せる。四季と屏風ヶ浦は、俺と京夜でフォローするから心配するな。」
「ん…OK分かったよ。ありがと無人くん」
そう言って笑顔を見せる鳴海だったが、その手と体は少し震えていた。
他の誰でもない妻のこととあれば、些細な変化も見逃さない無陀野。
“行ってきます!”と言って出発しようとした鳴海の腕を素早く掴むと、自分の方へと引き寄せた。
「無人くん…?」
「少し震えてる。寒さか不安か…どっちだ?」
「…不安、かな。皆が無事にゴールできるって信じてるけど、やっぱりいろいろ心配。」
「…3つのグループを全て完璧に見守るのは俺でも難しい。目が行き届かなければ、それだけトラブルも起こるだろう。…でも俺にはお前がいる。」
「!」
「鳴海に矢颪を任せれば、俺は残りの2グループを完全に把握できる。結果として、全員が無事にこの修行を終えられることになる。」
「俺に…無人くんの代わりが務まるかな」
「務まるに決まってるだろ。誰が鍛えてきたと思ってる。」
「ふふっ。そうだね!」
「抱えてる不安は俺が預かるから、何も考えず行ってこい。頼んだぞ。」
「うん!」
体も心も温まった鳴海はいつもの明るい笑顔を無陀野へ向けてから、来た道を戻って行った。
同期内でも1・2を争うぐらいの身体能力で、鳴海はあっという間にスタート地点の方まで戻って来た。
少し辺りを捜索すれば、聞き慣れた2人分の声が聞こえてくる。
気づかれないよう木の上から様子を伺っていた鳴海は、彼らの会話に耳を澄ませた。
「うるせぇよ!大体俺はこんな皆で山登りしに来たんじゃねぇんだよ!強くなりに来たんだ!なのに桃と闘って気づいたよ!全然強くなれてねぇ!当たり前だ!こんなことしかしてねぇんだ!皆でゴール!?そんなんで強くなれるわけねぇだろ!」
「(はぇ〜…碇ちゃん、そんな風に思ってたのか…どうりで荒れてたわけだ)」
「ほーこんな修行じゃ強くなれねぇと。」
「そーだよ!」
「ふーん、なるほどね。…消えろ。そんで1人で桃とやり合ってさっさと死ね。周りが見えねぇ奴はいらねぇ。強くなりたいのは結構なこった。けど1人で強くなれんのか?」
「強くなってやるよ!」
「なれる訳ねぇだろ、カス。今のままじゃ、お前は一生弱いままだ。」
「んなわけねぇ!」
「は!これだもん。お前の仲間も今頃迷惑してんな。」
「俺の仲間はあいつらじゃねぇ!」
「あいつらじゃ…?」
「(そっか、俺たち仲間じゃないんだ…じゃあ誰なんだろう…碇ちゃんの仲間って)」
後輩の口から出たショッキングな言葉は、鳴海の表情に暗い影を落とす。
シュンとしながら考えを巡らせていた彼は、少しボーッとしていたのだろう。
鳴海の体重を支えきれなかった枝が折れ、ボフッという音と共に雪の中へ落下した。
「いったぁい…」
「何やってんだ、鳴海。大丈夫か?」
「! 鳴海、何で…」
「あ、うん!大丈…待って!ハマった!!抜けない!!!助けて!!!!」
「なんでこんなに鈍臭いンだよお前…」
「ふぇぇ…お尻冷たい…引っこ抜いてよぉ…」
「お助け料用意しとけよ。…で?来た理由は?」
「…碇ちゃんが、どうしてるかな…って。」
「んなこったろうと思った。俺らの会話聞いてただろ?心配するだけ無駄だ。お前も、仲間じゃない奴に心配されても嬉しくねぇよな?」
そう言いながら、座ったまま押さえつけている後輩に顔を向ける猫咲。
当の本人はと言えば、先程までの威勢はどこへやら…
鳴海から視線を外すと、気まずそうに下を向いていた。
そんな矢颪の元へ近づこうとした鳴海だったが、その体が不意に誰かに抱き寄せられる。
「へっ?ねっ、猫ちゃん!?」
「奇襲か。危うく鳴海も巻き込むとこだったぞ?」
「んなヘマはしねぇ。(早く離れろよ…!)」
「迅ちゃん!(碇ちゃんのこと迎えに来てくれたんだ!)」
「気が高ぶっててわかりやすかったな。もっと内に秘めろ。」
「そうかよ。けど、こいつは回収させてもらう。」
「んなの頼んでねぇ!引っ込んでろ!」
「あ?」「碇ちゃん…!」
「そうそう。そいつにはもっと足を引っ張ってもらわないと。…鳴海、掃けてろ。」
皇后崎の奇襲を避けただけでなく、鳴海のこともしっかりと守った猫咲は、彼にそう告げて姿を消す。
吹雪で視界が悪い中で目を凝らせば、猫咲が矢颪に変わるのが見えた。
そのまま静かに皇后崎の方へ近づいた猫咲は、矢颪の顔を利用して一気に仕掛ける。
直撃は避けたものの、顔を掠ったナイフによって皇后崎の頬からは血が滴っていた。
さらにやられっぱなしだった矢颪が反撃とばかりに攻撃を仕掛けるが、逆に足へナイフを突き立てられて倒れ込んでしまう。
「しばらくこいつはお荷物確定。当然だが、鳴海の力は使わせねぇし加勢もさせねぇからな。さーこの状況どーする?」
問いかけれらた皇后崎は、反撃すると見せかけて辺りの雪を散らし、逃げるための目くらましにする。
それからすぐさま矢颪に声をかけ逃げようとするが…
「おい立て!」
「うるせぇ!余計なことすんじゃねぇ!」
「(イラつく…鳴海との約束破っちまいそうだ)」
「猫ちゃんストップ!一旦ケガの状態を見ないと…!」
「(! 今だ!鳴海があいつの気を引いてるうちに、矢颪のバカを…!)」
偶然とは言え、素晴らしいタイミングで皇后崎の役に立った鳴海。
彼がくれた僅かな時間で矢卸を気絶させると、皇后崎は変身した猫咲に躊躇なく刃を向けた。
それからもう一度攻撃を仕掛けると、彼は気を失っている矢颪に肩を貸して歩き始める。
当然のように後を追おうとする猫咲だったが、先程の攻撃で切られた木々とそこに降り積もった雪がその足を止めさせた。
「ふーん、悪くねぇじゃん。環境の使い方もまぁまぁですね。ここは見逃してあげましょう。…ここはね。」
「猫ちゃん、さっきはごめんね…!見守る側なのに、つい声かけちゃって…」
「あー問題ねぇよ。そういう鳴海の行動も含めて、あいつらの修行だから。」
「ごめぇん…にしても凄かったね!一番最初の迅ちゃんの奇襲、全然気づかなかった!」
「嘘つけよ。気がついてくせに。それよりよぉ…」
「ん?」
「雪まともにかぶってんじゃん。避けらんなかったの?」
「あ…いやぁちょっと太っちゃって…枝が支えきれなかったみたいで…お恥ずかしい」
「ほんとに隊長なのか疑うレベルで鈍臭いな。ちょっとじっとしてろ。払ってやるから。」
「え、いいよそんなこと!猫ちゃんの傷の手当ての方が先!」
「こんなのほっときゃ治る。お前が風邪引いたりケガしたりすると、無陀野がうるせぇの。そっちの方がよっぽど厄介なんだよ。」
「え…猫ちゃん無人くんの事怖いの?どっちかというと真澄くんじゃない…?」
「うるせぇ。服ん中に雪入れんぞ。」
「やめ…やだ!冷たい!!やめてぇぇぇ!!!」
数分前までの戦いが嘘のように、和やかな空気感で鳴海と猫咲は言葉を交わす。
3分後、2人は再び雪の中を走り始めた。