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「ちょっと太ったかな?ダイエットしなきゃ」
今日は、雅史の友人の結婚式だ。
雅史は姿見の前で礼服のベルトを調節しながら、まるで女子のようなセリフを口にしていた。
「そんなに気にすることないわよ。礼服だと目立たないし。独身じゃないんだから、友人の結婚式での出会いなんてことにはならないんだから」
_____何か期待してるの?友人の結婚式に
「そりゃそうだけどさ、イケメンの新郎の友人だぜ?あんまりみっともない男だと申し訳ないだろ?」
「そんなもの?」
「そうだよ、それにお前もオシャレしてるじゃないか」
「私はたくさん人が集まる所に行くなんて数年ぶりだから、気合いが入っただけよ」
本当は、ずっとこんなふうにオシャレをしたかった。
アルバイトも順調になってきたから、そろそろ自分のために少しお金を使ってもいいかな?と思っていたけど、キッカケがなかった。
遠藤のことが気になり始めてから、週一で顔を合わせるだけでもオシャレをしたくなった。
それに、若い彼とデートをしたと言う成美とこの前会ったとき、それまでになく成美が生き生きとして綺麗に見えたから。
結婚式を理由にして、美容院もネイルも雅史に気兼ねなく行けた。
「俺も杏奈のことを佐々木に自慢したいからな、綺麗にしてくれるのはうれしいよ」
「なに、急にそんなこと……」
「嫁さんが疲れて見えるとさ、その家庭って不幸そうに見えるだろ?俺は育児の手伝いもしてるし杏奈のことも大事にしてるからさ、だから余計に綺麗でいて欲しいんだよな」
_____結局は自分の見栄のためなんだよね
育児を手伝うと言っても、たまに早く帰ったときに一緒にお風呂に入るとか、公園で遊んでくれるとかそんなことしかないけれど。
圭太はもうオムツも卒業したし、ミルクもいらないから細々とした育児は終わったんだけど。
「さ、行くか?」
「うん」
出産してから2人きりで出かけるのは、これが初めてだと気がついた。
あれから香水も纏って来ないし、おかしな行動もないから、今日は仲睦まじい夫婦でいられるだろう。
披露宴会場は意外に大きく、招待客も多かった。
雅史の話によると、逆玉らしい。
お嫁さんがお金持ちだと、尻に敷かれたりしないのかな?なんていらぬ心配をしてしまう。
会場内が暗転し、主役の2人が現れた。
背の高い新郎の佐々木隼人の肩くらいまでしかない花嫁は、とても可愛らしくふわふわのボリュームたっぷりのドレスをまとい、まるでビスクドールのようだった。
「ふーん、可愛い花嫁だな」
雅史は、自分と同期の男が若くて可愛い花嫁を手にしたことが、羨ましいのだろうか?
言い方に棘があるようで、だから私はわざと自虐的なことを言う。
「ホント、初々しくていいわね。若いってだけで私にはもう手に入らない価値がある気がするわ」
ハッと雅史の顔色が変わったということは、案の定佐々木が羨ましいのだろう。
「え?いや、そんなことはないだろ?杏奈には杏奈の、その……成熟した大人の女という価値があるだろ?」
_____なんか、取ってつけた私の価値だなぁ
若い花嫁を羨ましがる雅史に、意地悪をしたくなって、わざとその価値とやらが何なのか訊いてみる。
「たとえば?」
「なんていうかほら落ち着いているし、なんといっても妻としてちゃんとしているから俺も安心して仕事ができるし」
「そう?それならいいけど」
“妻としてちゃんとしてる”というところに引っかかったけど、お祝いの席でこれ以上問い詰めて不快にさせるのはやめておくことにした。
披露宴は順調に進んでいき、お色直しをやって余興もおおかた出し終わったところで、招待客はそれぞれ新郎新婦がいる高砂に上がり、みんなで2人を囲んで思い思いに写真を撮っている。
佐々木に紹介するからと、雅史に連れられて私も高砂へ上がる。
「よっ!佐々木!今日はおめでとう。やっぱりお前はいい男だな。こうやって正装するとまた一段と格が上がって見えるよ」
「岡崎、来てくれてありがとうな。あ、そちらが?」
_____なるほど。ま、イケメンの部類だしモテるでしょうね
などと値踏みをしつつ、軽く頭を下げた。
「佐々木さん、初めまして。本日はおめでとうございます。夫とは大学の同期だったそうですね。昔のことを色々聞いてみたいので、今度、奥様と一緒に遊びにいらしてくださいね」
_____この前の電話の相手はきっと、この佐々木という男だ
それは直感だったけれど、確信があった。
雅史が浮気の指南をすると話していたから、ここは花嫁の味方になりたくて、我が家に遊びにきてくれるように誘う。
「やはり奥さんでしたか。岡崎から話は聞いてますよ、美人でよく気がつくできた奥さんだと自慢してました。ぜひ、近いうちに寄らせてください。もうお子さんもいるんですよね?育児についても教えていただきたいので、2人で伺います、な?舞花」
花婿に話しかけられた花嫁が、頬を染めながら挨拶をしてきた。
年が離れているからか、まだあどけなさの残る佇まいだ。
「初めまして。隼人さんの学生時代のお友達なんて、珍しいんですよ。今までそんな友達はいないのかなって思ってました。これからもよろしくお付き合いをお願いします。あ、そうだ、奥様、ちょっと……」
私は舞香に呼ばれて、花嫁側に回った。
舞花は夫たちには背中を向けるようにして私を近くに手招きし、テーブルの下からそっとスマホを取り出した。
「あの、初対面でこんなことをお願いするのもどうかと思うんですが、連絡先を交換してもらえませんか?」
「いいですよ、ぜひ」
お互いの連絡先を交換して、最初におめでとうのLINEスタンプを送った。
「やった!これで何か相談したいことがあった時、連絡してもいいですか?」
「はい、お子さんが生まれると聞いてますから、私でわかることならなんでも訊いてくださいね」
「ありがとうございます、心強いです。お姉さんができたみたい」
口元に手を当ててコロコロ笑う姿は、可愛らしくてまだとても母親になれそうには見えない。
_____授かり婚ということは、新郎がこの子を手に入れるためにわざと避妊しなかったんだろうな
そんなことを勝手に想像した。
「おーい、せっかくだから新郎新婦と写真撮ろうぜ」
誰かが招待客に向かって声をかけている。
「新郎新婦のそれぞれの友人たち、集まって!ほらほら」
舞花の友達らしい女の子が、大きな声で友達を集めていた。
私はどちらとも友人ではないので、高砂から降りて脇に離れた。
_____ん?
高砂の中央で、女の子と親しげに話している雅史が見えた。
いやいや、とか、うん、とかの身振り手振りしか見えず、何を話しているのかは雑音が大き過ぎて聞こえない。
_____知り合い?まさかね
妻が見ているような場所で、ナンパなんかしないだろうけど。
とりあえず写真に撮っておく。
そのスマホに雅史からLINEが届いた。
それは二次会の誘いで、行くことにした。