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睡蓮
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#異能力バトル
名無の男2
382
水瀬葵
312
「決闘の形式は一対一。 武具は自由だが火薬は禁ずる。 魔力の使用も自由だ」
王の剣といえば宝石でも埋め込まれていて、豪華装飾でも施された金色のイメージだったのだが、実際にエドガーが腰から引き抜いた曲剣は灰色で、手練の剣士が扱う得物のような実戦に即し殺傷に特化した刀剣だった。
「キラ……、やめましょう」
「いいのかよ、諦めて!」
「仕方ないじゃない、エドお兄様はヴィクトーリアの剣聖だもの……。 ナンバー2の私が加勢しても勝てっこない超人よ、貴方一人じゃ死にに行くようなものだわ……」
「……ああ、太刀打ちなんて出来ねえだろうな」
それでも、立ち向かわなくちゃならねえ。
例え勝機が百にひとつ、千にひとつ、万にひとつでも。
「キラ、決闘を受けないで。 貴方だって、敗北が分かっている勝負に挑戦はしたくないでしょう……? 『結晶』の件は……、私がどうにかする! お兄様は私から政権を取り上げたがっている。 それを交渉材料にすれば可能性はある! だから……!」
「……太刀打ちできねえってのは、勝てねえって意味じゃない。 奇跡でも起きれば戦況はひっくり返りうる。 それに、最早こいつはオレとオレの妹のためだけの戦いじゃねえ。 アーシアと、この国のことも懸かってんだろ? あのエドガーが、勝負に勝ったらアーシアを認めてやるって自分から言い出したんだ。 お前の願い……、優しいヴィクトーリアを取り戻すって願いを叶える、最後の好機かもしれねえ。 きっと『転生者』を『結晶』にするなんて非人道的な計画が遂行されちまったら、あいつはもっと加速する。 もうこんな機会は訪れねえと思う。 お前がまだアイツにとっての家族って範疇に入ってる間に! 今ここで転機を作んなくちゃならねえ。 そう思わねえか?」
「そんなこと分かってるわ! でも、貴方は……! 女神の加護を持たないどころか、剣を握ったことすらない! どうやって決闘に勝つっていうの!?」
「別に勝たなくたっていいんだ。 エドガーをぶっ倒して二度と起き上がれなくするなんて野望は抱いてねえよ」
あいつは言ったんだ。
もし私に傷ひとつでも付けられたら、と。
「……持たざる者ほど無茶できるんだ。 奴隷だって見くびられた分、奴隷らしい我武者羅を見せてやる」
「まさか貴方……、死ぬ気で……!」
「アーシア、約束してくれないか。 もしオレに何かあったとしても、お前が理紗を『結晶』にならないよう手引きしてくれ。 目を覚まさせて、元の世界に戻れるように協力してやってほしい。 ……でさ、この国をお前が言ってた優しい国になるよう舵取りしてくれよ。 お前は役立たずなんかじゃない。 お前の野望は、兄貴に負けてなんかいない! 優劣を感じたって、その差を埋められるのはお前自身しかいないんだ。 国のためなんてデケー責任は感じなくていい。 国を想う自分のために立ち上がってくれ!」
ゆっくりと階段を下りてきたエドガーが、オレの一直線上に立った。
日本刀のように背を反らせた曲剣を持ち上げ、その切先をこちらへ向ける。
「残念だが、我が国では奴隷階級に効力のある遺言を遺す権利が与えられていない。 口約束、文書、あらゆる形態でも、だ。 お前のような者が命を落とせば、その所有物、権利は全てヴィクトーリア国へ還元されることになっている。 アーシアに何を言い残したところで、全ては無駄ということだ」
「……勝手に奴隷呼ばわりしやがって!」
足元に転がる直剣を拾い上げる。
片手で振るうことが出来るとは思えない、ずっしりとした重み。手のひらに伝わる、冷えた手垢のこびりつく鉄の触り。
中世の戦士ってのは、こんな長くて重いもんを振り回して戦ってたのか? 全員ゴリゴリマッチョの筋肉オタクでもなけりゃこんなの使いこなせねえだろ……!
「この状況で剣を握る、その勇気だけは評価しよう。 しかし、それは無謀に限りなく近い破滅の決意であると知れ」
両者が一本の長いワインレッドのカーペット上に立つ。
エドガーの目には勝利しか映っていない。
それどころか眼前の敵をどう弄んでやろうかって値踏みしている、その余裕の顔が憎たらしい。
対してオレは、手から剣がすっ飛んでいかないように柄を両手で強く握りこんでいた。
「この銀貨が床に落ちた瞬間を決闘の始めとしよう」
肩から掛けられていたマントを下ろしたエドガーの指が、内ポケットから取り出した銀貨を空中へ弾く。
それは白い放物線を描き、
ゆっくりと、
タイルに、
着地した。
「うおおおおおおおッ!!」
チリンという銀貨のバウンド音を皮切りに、床を蹴ってカーペットの直線を走り込む。
直剣は腰の高さ。両手で構えたままエドガーまであと数メートル、ってところで、
「愚直だな」
オレは思いもしなかった。
まさか、あと数歩ってところでエドガーの方から踏み込んでくるなんて。
振り切るはずだった剣はそのまま衝突を防ぐための盾となり、エドガーの曲剣がこちらの刃の輪郭線上を泳ぐ。
火花と共に剣が離れたと思ったら、横腹に鈍い衝撃。
バランスを崩されたことで、痛みと共に思い切り床を転がる。それを見た辺りの兵士が指をさして笑う。
「一ツ。 ……君は既に、一度死んだ。 私が腰の鞘で殴らず、剣を撫でた勢いで回転していれば、今頃は腸をさらけ出して敷物のシミとなっていただろう」
剣を握り直し、立ち上がる。
力量差のある相手だからこそ、攻勢でなくてらならない。
オレが防御に回れば相手を自由にさせちまう。エドガーは歴戦の戦士だ、奴が好きに剣技を披露し始めでもしたら、それこそオレに勝ち目はない。
勝機があるとすれば、それは前だけ。
死の恐怖が支配する、エドガーの懐に潜り込むこと。ワンチャンあるとすれば、そこだけだ。
「ほう、まだ前進してくるか」
鞘を放ったエドガーの剣が、床に突き立てられる。
「来い、踊り方を教えてやる」
明らかに舐められている。
が、オレにとっては好機に他ならない。ノータイムで剣を構えて突進する。
「ヴィクトーリア王族の剣術は、一対一の剣戟においてあらゆる状況に対応する万能の剣。 正面からの斬撃を受け流し、確実な一撃を与える完封致命の技を習得している。 これが、そのひとつ――――、」
エドガーの後ろ手が剣を逆手のまま引き抜き、そのまま縦の大振りが振り落ちる。
そのままオレの切り上げと衝突し、互いの剣が跳ねっ返る。その衝撃で突進を止められた次の瞬間。
左手に握られていたはずのエドガーの剣が右手に移動し、跳ね返った身体の挙動に乗せて切り上げようとしていることに気が付いた。
「…………ッ!」
盾にできるようなものはない。
跳ね返った剣を構え直すにはもう遅い。
思いきり身体を横に倒して回避するしかなかった。
びゅん、と風を切る音が真横を過ぎる。
安心は束の間、出鱈目な動きで重心を崩してしまい、初めてスケートリンクに立ったみたいにひっくり返って転がってしまった。
「痛ってえ……!」
「先程の反射的な防御といい、反応だけは良い。 だがそれだけではなあ?」
目前に立ったエドガーの刃先にオレの命が握られていると、喉仏の冷ややかな感触から感じ取る。
「二ツ。 何が起こっているか分からなかったか? 簡単な手品だ、剣が跳ね返った勢いで刀剣を背面に回し、手を離した後にもう片方の手で受け、持ち替える。 正面の相手から見れば、弾いたはずの獲物が瞬間的に移動する、予測不能な追撃! 父はこの剣技を『獅子暗涙』と名付け――――、」
「よく喋る王様だな、あんた……!」
エドガーの語りはオレを屈服させるためのものとは思えない。力を誇示し、確認し、感じるためのそれだ。
とても賢王のする行いとは思えない。
「王様ってのはどっしり構えて、手の内を晒さねえようにあんま喋らねえもんじゃねえのかよ? お前は力に溺れてやがる……! 少なくともオレから見りゃあ、人の上に立つ資質はねえ!」
「好きに言え、最下層は天井を羨むものだ。 しかし私から言わせれば格の違いが大きすぎると、他人にどう思われているかなどどうだってよくなる。 理解とは近い階級の者同士でしか起こり得ないのだ。 救いがあるとすれば、立場が遠くとも剣で語ることも出来るが……、相手が案山子にも満たぬ蟻如きではな」
床をころがってエドガーの剣の範囲から離れ、体勢を整えようと立ち上がったその瞬間。
タイルを蹴り、瞬足のステップを踏んだエドガーの剣がオレの得物を弾き飛ばした。
「三ツ。 今のは『蛇脚』、前の脚を先に出し、それに追いつくように胴を押し出すことで瞬速の間合詰めと見紛わせる技法だ……。 衛兵!」
エドガーの令に応えた近くの衛兵が、持っていた槍をこちらへ投げる。
「踊れ、もっと踊れ。 死力を絞り出し、踊り狂え!」
槍を拾い上げた途端、王の回し蹴りが腰に直撃してカーペット上を転がる。
気がつくと、視界左上の体力ゲージは残り6割まで減少してしまっていた。
このままでは、勝ち目はない……!
「どうした奴隷、もう立てないか? 脆弱だな、まるで”背骨を置いてきた骸骨“だ」
辺りの兵隊から嘲笑が吹き上がった。
こっちの世界じゃ諺が流行なのか?
ふざけやがって……!
「くそっ……、理紗……!」
王妃の席で眠る理紗は、まだ目を開かない。
鉄の檻に囚われ、ただただ静かに呼吸をしている。
「オレが……、絶対に……! そっから助けてやる……!」
「余所見している暇はないはずだが?」
意識外で接近していた床を走る斬撃を、タイルを押し退けるようにして回避し、その勢いで強引に立ち上がって壁際まで走り込む。
「退いてくれ!」
近くの衛兵たちが左右に開く。
壁に飾られた国章の盾に手をかけて、引き剥がした。
「……盾は怯えを隠す。 君にぴったりだな」
左の手首を盾の取っ手に通し、右手で槍を強く握る。
さっきの直剣よりずっと軽く、戦いやすい。
どう動けば敵に一撃を与えられる可能性があるかイメージがつくってだけで、勇気が湧き出てくる。
盾で上半身を守りながら槍を出して前進し、突っ込む。
対してエドガーは、ゆっくりと剣を下ろす。
何をする気かと警戒していたが、エドガーの選択したアクションは反撃ではなく、回避だった。
前挙動のない軽々しくも素早いステップで、オレの突進を回避される。
あんな動きが、人間に可能なのか?
膝を曲げるから跳躍ができるように、ステップを踏むにも事前に脚を動かす必要がある。
しかし、それは普通だったらの話。
この異世界に、オレの元いた現実世界の普通が通用するワケがなかったのだ。
「どうやら理解出来ていないようだな? これは『幽歩』、足具に風の属性魔法を付与する移動補助の技だ。 そしてこれが――――、」
エドガーの曲剣に、白い光が集中する。
「魔法剣技法探求の始まり、『魔光剣』だ」
光が塊となり、その刀身が二倍ほどまで延長される。
槍では届かないリーチの先から、より長いリーチを誇る光の剣が振りかぶられた。
突進を急停止し、盾を張りながら後ろに引くが、当然間に合わず。
光剣が槍の先を切断し、盾の表面を削り取った。
「四ツ。 直撃の瞬間、魔力の出力を抑えた。 もし私が出力を高めていれば刀身は更に延長され、盾ごとその胸を水平に両断していただろう」
「ズッル……!」
「何時まで盾に隠れているつもりだ?」
エドガーの左手に盾を掴まれた途端、異常な膂力で持ち上げられる。
盾の持ち手部分が手首に引っかかっているせいで、身体もセットで空中を舞った。
なんつー力だ、なんて今更思いはしない。
風の魔法で身体の動きを軽くして人間じゃ再現不可能な挙動してくるような奴だ、恐らくこれも何らかの魔法を補助にして擬似的な筋力増強をしているのだろう。
そんな悟りを開いたオレから言いたい文句はひとつ。
魔法ってのは兎角ズルすぎる……!
「そろそろ遊びは終わりだ、己の弱さを裂けて悔いろ!」
コメント
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もう119話か……!キラ、完全に格上のエドガーに挑んでるけど、あの「太刀打ちできねえってのは勝てねえって意味じゃない」って台詞、痺れたよ。武器すら満足に扱えないのに、それでも前だけ向いて立ち向かう姿勢が本当にカッコいい。アーシアへの「約束してくれ」のシーンも泣ける……死を覚悟してまで理紗を守ろうとするの、尊すぎる。エドガーの「獅子暗涙」とか「魔光剣」とか、チート技連発してくるのがズルすぎるけど、逆にキラがどう切り返すのか気になって仕方ない。続きが待ちきれないよ!