俺を通して誰を見てるの、と何度も聞こうとしたことがある。
でも聞けないのは、勇気が無いからだ。
まだベッドで寝ているボビーを起こさないように、のそりと布団から這い出てシャワーを浴びる。
汗やら体液やらでベトベトになった体を綺麗にするために暖かいシャワーを身体中に掛けていると、鏡に映る自分の体が見えた。
「……どう見たって、男、だよなぁ」
鏡の自分をペタリと触る。骨張った体、太い首、貧相を通り越して絶壁の胸、硬い腹。
どれも彼の好きな女性とは掛け離れた体なのに、
彼は自分を抱いてくる。
ボビーとこんな関係になったのは本当になんでもない日だった。宅飲みしようぜ、とどちらかが言って酔って、そしてヤッてしまった。
最初の感想は「なんで初体験でこんなに気持ち良くなるんだ?」だった。
受け入れるのが初めてのそこは、ボビーをすんなりと受け入れた。最初こそ痛いとは思ったが、だんだんと回数をこなしていくうちにそれも快楽へと変わった。
自分たちの関係がいわゆるセフレというものだとは分かっていた。
俺と体を重ねるようになっても、彼は女の子も抱いていた。セックスした時女性ものの香水の匂いがしたし。
このままでも良いのかな、なんて思っても聞けない自分がいる。
□
気晴らしに外へ出た。オレンジ色の空を背に周りの人達は皆家に帰る。それを逆らうかのように俺は歩いていた。
外へ出ればいろんな音があって、考え事もしなくて良いと思ったから。
ついでに何か食べる物買っていくか……とコンビニの方へ行くと「あの」と声を掛けられた。
「はい?」
綺麗なお姉さんだった。
手には携帯と紙。話を聞くと道に迷ったようで、暗くもなってきたから焦っていたようだ。
「ここなんですけど」
「あー、この先に十字路があるんでそこを右に歩いてけばあるんですけど……一緒に行った方が早いですかね」
「えっいいんですか?」
「はい、んじゃあ……」
そう言ったところで何かが俺の服を掴んだ。
振り返れば、息を切らしたボビーが立っていた。
「あっお友達さんいらっしゃったんですね。一緒じゃなくても大丈夫ですよ、道教えてくれてありがとうございます」
お姉さんはにこりと笑い去っていった。
残された俺たちは、ただ静かにしていたのだが沈黙を破ったのはボビーだった。
「もしかして……道案内?」
「そうだけど」
「……はああああ」
馬鹿でかいため息を吐き、その場に蹲る。何事なのかと見ていると、ボビーは俺を見た。
「なんやねん……ったく、勘違いしたやんか」
「勘違いって何……もしかして、俺に彼女できたとか思ったの?」
笑いながらそう言うと、ボビーは顔を隠しながら「悪いかよ」と小さく言った。
「……は?マジで言ってる?」
「な、なにが……」
今まで男だからって諦めて、やっぱりボビーの一番になるのは可愛い子だって思ってた。
なのに、そんな事言われたら。
「……諦められないじゃん」
「は?まじで何が?」
どうしよう、言ってしまおうか。そうすれば楽になる。
たとえ返事がどちらでも構わない。
「俺さぁ、ボビーの事好きなんだよね」
「俺もやけど」
「あー、うん。今そういうのいい。俺の好きは恋愛としての意味だから」
「うん、だから俺もそういう意味だって」
「……うん?」
どういうことだ、と頭が混乱する。
もう一度詳しく聞けば、俺を初めて抱いた日からだいぶ好きだったようだ。
でも女の子も抱いてたじゃん、と言うと、どうやら俺との初体験の後は女の子とはセックスしていないらしい。
「じゃああの香水の匂いってなに……」
「そりゃそこらじゅう香水なんてしてる人沢山いるやろ。電車とかさ、密着すれば匂いくらいうつるわ」
「た、確かに……」
「お前まさかずっと気にしてて告ってこなかったんか?!」
「は?!ちちちちちちげーし!」
「めっちゃどもるやん」
ボビーは声を出して笑った。
マスク越しでも笑った顔良いな、なんて思っているのだから重症だ。
「まあ無事に両思いということで」
「無事にかなぁ」
「無事やろ。まあキスのひとつでもしましょーか?」
そう言ってくるボビーに、俺はうーんと悩んで一言。
「家に戻ってからね」
誰にも見せたくないんだよね、好きな人の事。
ボビーの手を握りながらそう言うと、優しく握り返してきたのだった。
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