テラーノベル
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みこととすちは、静かに部屋で過ごしていた。
夕食の余韻が残る空間に、ふわりと温かい空気が漂っていた。
「今日の晩御飯、ほんとに美味しかった。……すちって、料理もできるんだね」
「まあ、みことのためなら何だって覚えるよ。……ふふ、かわいい顔して、ごはん粒いっぱい口についてたけど」
「えっ……うそ、拭いてなかった……?」
「拭いたけど、写真は撮った」
「ちょ、見せてよそれ……!」
そんな他愛のない会話に微笑み合っていた、ほんの一瞬後──。
「──ッ!!」
部屋の窓が爆音を立てて破られた。
閃光弾のようなまばゆい白光が炸裂し、同時に数人の黒ずくめの男たちが、壁を蹴ってなだれ込んできた。
「……ッ、みこと、後ろに!」
すちがすぐさまみことを庇い、ソファの影に押し倒す。
部屋に充満する煙と閃光の余韻が目に残る中、銃のようなものを構えた男たちが一斉に取り囲んだ。
「……あいにく撃つ気はないんでね。生きたまま持ってこいって命令でさ」
その声には聞き覚えがあった。
──叔父だった。
「よう。久しぶりだな、みこと。まだ、可愛いままだ」
ゾッとするような笑みが、男の顔に広がる。
「……ッ、来ないで、すち…後ろに……!」
震えながらも、みことの声には確かな意思があった。
叔父が歩を進めようとした瞬間──
「……動くな」
冷たい声が室内に響いた。
立ちはだかったのは、すちだった。
その瞳には、かつて見たことがないほどの怒りと殺気が宿っていた。
「俺の許可なく──みことに触れるな」
彼の言葉と同時に、隠し持っていたスティック状の護身具が男の腕をはじき飛ばす。
不意を突かれ、敵がバランスを崩す。
その隙に、すちはみことを抱えながら寝室側の隠し通路へ滑り込んだ。
「すち……逃げるの?俺、戦えるよ……!」
「俺が守るって決めたんだ。だから……今だけは、頼むから信じてくれ」
その一言に、みことは目を見開き──こくりと頷いた。
すちの指で、小型の通信機が作動する。
『全員──来てくれ。今すぐ』
数秒後、らんからの低く鋭い返答が返ってくる。
『了解。すぐに動く。全力で行くから、耐えてろ』
すぐさま、こさめとひまなつは合流準備。
いるまは、既に護身具を片手にバイクで向かっていた。
襲撃からわずか10分後──
夜の街を引き裂くようなバイクの音が近づいてきた。
「みことはどこだ!」
最前を切り裂いて飛び込んできたのは、いるま。
その顔は明らかに怒りに染まり、拳は既に血で濡れている。
「奥の寝室だ! すちがかばってる!」
ひまなつが息を切らせながら部屋に入ると、すぐさまこさめが小柄な体で走り込む。
「みことぉッ!!無事!? 怪我してない!?」
──答える前に、またひとつガラスが割れた。
「増援か……」
すちが低く唸り、目を細める。
「なら──全部、叩き潰すだけだ」
らんが最後に姿を見せたのは、まるで嵐の目のようだった。
冷静で、しかし瞳の奥が燃えている。
「こさめ、なつ、後ろ下がれ。……この場は、俺らが片付ける」
その言葉が合図だった。
怒りを滾らせたいるまが最初に動く。男の腹に一発、壁まで吹き飛ばした。
らんは手際よく、敵の腕をへし折り、動けなくさせる。
「──あんたら、人の仲間に手ぇ出したんだ。その報いは、死ぬほど痛ぇぞ?」
本気で怒ったらんの言葉に、敵は足をすくませる。
敵の一人が、背後からこさめを狙う。
その瞬間──
みことが立ち上がった。
血が滲む包帯を無視して、まっすぐに敵の腹に蹴りを叩き込む。
無表情、無感情、そのまま顔面に拳を打ち込んだ。
「……仲間に近づくな。……お前ら、俺の大切な人を、穢すな」
あの日のような、冷たいみことの声。
「みこと……!……無理したらダメ!」
こさめが涙を浮かべる。
「……なんで、そんなに傷だらけになるの……?」
「……わからない。痛くないからかも。でも、俺は……みんなを、守りたい」
すちがすぐに駆けつけ、みことを後ろから抱き止める。
「お前の役目は戦うことじゃない。俺がいる。いるまとらんも、こさめも、ひまなつも──お前を守るためにここにいる」
みことの体が震える。
「……すち、でも……」
「お前が俺に守られてくれなきゃ、俺の心が死ぬ」
その言葉に、みことの目にぽろぽろと涙が浮かび始めた。
蓮がその様子を見て、口元を吊り上げる。
「……やっぱり、みことは特別だ。お前じゃもったいないよ、すち」
「その口、二度と開けるな」
すちが、ついに怒りを解放する。
冷静沈着だった彼が、感情をむき出しにしながら蓮へと迫る。
拳と拳がぶつかり合う。
だが、すちは一度も引かない。
仲間の怒り、みことの涙、守るべきものすべてを背負っている。
バキィッ──ッ!
鈍い音と共に、蓮の蹴りが壁を砕く。
薄暗い部屋に、埃が舞った。
「……お前、みことを“守る”とか言ってたけどさ」
蓮が口元を歪めながら言う。
「本当に知ってんの? あいつの過去。俺と、何があったか──!」
すちは目を細めたまま、一歩も引かない。
「……知ってる。全部」
その瞬間、蓮の表情が歪んだ。
顔を引き攣らせながら、拳を握り、唸るように吐き捨てた。
「──だったらなおさら引けよ。あいつは、俺のものだ」
「違う」
すちは静かに言い放った。
「お前は、あいつの痛みも、恐怖も、涙も全部踏みにじった。それを“所有”なんて呼ぶな」
「黙れぇッ!!」
蓮の拳が唸りを上げて突っ込んでくる。
すちはわずかに身を傾け、最小限の動きでかわした。
「ッく……!」
「俺はね、交渉は得意だよ」
すちは声を落として続けた。
「でも、それは相手が“話が通じる人間”の場合だけだ」
すちの瞳が、静かに怒りを宿す。
「──お前には、拳で潰すしかないらしいな」
次の瞬間。
すちの拳が、蓮の腹に深くめり込んだ。
「ぐっ……!」
たたらを踏んだ蓮に、追撃。
すちの蹴りが蓮の膝裏を砕き、体勢を崩すと同時に、肘が顔面に叩き込まれる。
崩れ落ちた蓮に、すちは一言。
「二度と、みことの名前を口にするな」
それでも、床に崩れながら蓮は呟いた。
「……でも……アイツは……俺を好きになる……。昔から、俺に見られて……嬉しかっただろ……? あいつは、俺のものなんだよ……」
その言葉を聞いたすちは、わずかに顔を歪める。
怒りというより、呆れと、軽蔑だった。
「──哀れなやつだな」
蓮の意識が途切れた瞬間、警察が突入。
叔父も同時に取り押さえられ、すべてが終わりを迎えた。
病院の待合室の扉が開いた。
みことの母と父が、真っ青な顔で駆け込んでくる。
「……みこと……っ」
みことは、一瞬、反応が遅れた。
両親の顔を見るのが、少し怖かった。
「……」
その沈黙に、母親の涙があふれる。
「……ごめんね……みこと……!」
「何も……何も知らなかった……! 気づいてやれなくて……!」
父の声も震えていた。普段は絶対に取り乱さない父が、声を詰まらせていた。
「どうして……教えてくれなかったの……」
母の言葉に、みことの目が少しだけ見開かれる。
そして、ぽつりと、唇が動いた。
「……だって……」
言葉が喉に詰まって出ない。胸の奥に張り付いた何かが、ずっと邪魔をしていた。
でも──。
「……だって……っ、怖かったから……!」
涙が、ぶわっと溢れた。
「怒られるかもって……言っても信じてもらえないかもって……! 俺が悪いって思われたらどうしようって……!」
「ずっと……ずっと……っ、怖くて……苦しくて……! 何も……何もわかんなくなって……っ!」
みことの体が震える。
涙は止まらず、声はしゃくり上げるように歪んでいく。
「ひとりで、ずっと……怖かった……!」
母親がすぐにみことを抱きしめた。
力強く、だけど、優しく、泣きじゃくるみことの全てを受け止めるように。
「みこと……ごめんね、ごめんね……。本当に、ごめんね……!」
父もそっと背中に手を添え、何度も何度も言葉を重ねた。
「守ってあげられなくて……ごめんな……。お前が……どれだけ一人で頑張ってたか……」
みことは、もう何も言えなかった。
ただ、母の胸に顔を押しつけて、子どものように泣きじゃくった。
その隣で、すちは静かにみことの手を握っていた。
決して離さないと、言葉より強く伝えるように。
そして、みことの震える指先に、そっとキスを落とした。
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