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光の道を前に、加藤純一は歯を剥き出しにして叫んだ。
「行くぞひろゆき! このクソみてぇな世界、俺の声でぶっ壊してやる!」
ひろゆきは眉ひとつ動かさず、手をポケットに突っ込んだまま答える。
「まあいいですけど……出口が必ず安全とは限らないですよ。外が“より上位のバグ空間”かもしれないですし」
「うるせぇ! 俺は出口があれば突っ込む、それだけだ!」
純一が一歩踏み出すと、周囲の住人たちが一斉に悲鳴じみた笑い声を上げた。
「――アハハハハハ!」
その声は超音波のように鼓膜を揺らし、脳髄を締め付ける。
「やべぇ、頭が割れる!」
膝をつきそうになる純一の背を、ひろゆきが軽く叩いた。
「ちょっと静かにしてもらえます? “ノイズは情報にならない”って言ったら黙るかもしれません」
ひろゆきは住人たちを見渡し、淡々と告げた。
「ノイズは情報にならないんで。つまり、あなたたちの笑いは意味がないんですよ」
その瞬間、住人たちの笑い声がピタリと止まった。
口は開いたまま、ただ音が抜け落ちている。
まるでリモコンのミュートボタンを押したかのように。
「……おいひろゆき、マジで効いてんじゃねぇか」
「まあ、理屈の通じない相手でも“言葉のフレーム”は刷り込めるんですよ」
場のノイズが消え、今度は純一の声だけが響き渡る。
「よっしゃあ! なら――俺の声で突破だァァァッ!!!」
純一が雄叫びを上げると、地下室全体が振動し、天井の裂け目がさらに広がった。
崩れ落ちる鉄骨、きしむコンクリート。光が奔流のように流れ込み、地下は真昼のように輝く。
「行くぞ、ひろゆき!」
二人は瓦礫を飛び越え、光の道を駆け上がる。
住人たちは追ってこない。いや、追えない。
彼らは無音のまま、笑顔だけを貼り付けて崩れ落ちる天井を見上げていた。
やがて二人は地上へ飛び出した。
――そこは、同じスーパーのはずだった。
だが、明らかに“別の階層”だった。
棚には見たことのない商品が並んでいる。
「カップヌードル」のパッケージが、よく見ると「カッブヌウドル」と歪んでいる。
「コカ・コーラ」は「ココ・コォーラ」に。
文字も、ロゴも、どれも現実からわずかにズレていた。
「……まるでパラレルのバージョン違いみてぇだな」純一が呟く。
「まあ、バグのあるシミュレーションって感じですね」ひろゆきは気怠そうに言う。
「出口はここじゃない。もっと上の層に行かないと」
その時――店内のスピーカーから、ざらついたアナウンスが流れた。
『――お客様、カトウジュンイチ様。お買い物の時間は終わりました。速やかにレジまでお越しください』
アナウンスと同時に、レジ奥の暗がりから無数の影がぞろぞろと現れる。
どれも顔が笑顔に固定された店員服の異界住人たち。
「……出待ちされてんじゃねぇか」純一が苦笑する。
ひろゆきは小さく肩をすくめた。
「まあ、こういうのは大体“出口は一つ”なんですよ。……たぶんレジがゲートです」
「だったら突っ込むだけだろ! 上等だァ!」
純一は拳を握りしめ、突き進む構えを取った。
その横でひろゆきは小声で呟く。
「……出口の先が本当に安全かどうか、僕は保証しませんけどね」
笑顔の群れがレジ前に壁を作る。
光と論理、シャウトと皮肉。
二人の脱出劇は、次の段階へ突入しようとしていた――。