テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第1話「白い部屋で告げられた名前」
消毒の匂いが、やけに強く感じた。
「……らんさん」
名前を呼ばれただけなのに、胸の奥がきゅっと縮む。
白いカーテン、白い壁、白い天井。
ここに来ると、どうしていつも息が浅くなるんだろう。
「大丈夫ですか? 少し、顔色が……」
医師の声に、らんは小さく頷いた。
「平気、です……」
そう言いながら、指先は震えている。
自分でも分かるほど、呼吸が早い。
——落ち着け。
——まだ、何も言われてない。
医師はカルテに目を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「検査結果ですが……正直にお話ししますね」
その一言で、心臓が強く脈打った。
「……はい」
声が少し、掠れる。
「治療は続けてきましたが、病状は進行しています。現時点で……完治は難しい」
一瞬、音が消えた気がした。
「え……?」
聞き返したはずなのに、自分の声が遠い。
医師は目を逸らさず、はっきりと言った。
「余命についてですが……数か月から、長くて一年ほどと考えています」
——余命。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……一年……?」
らんの喉が鳴る。
急に息が吸えなくなって、肩が小刻みに揺れた。
「らんさん、深呼吸しましょう」
「っ……す、は……っ」
吸おうとしても、空気が胸まで届かない。
視界が滲み、無意識に胸元を掴む。
「ごめ……なさ……」
嗚咽が漏れそうになるのを、必死に噛み殺す。
でも、涙は勝手に溢れてきた。
「まだ……ライブ、あるんです……」
震える声で、必死に言葉を繋ぐ。
「メンバー……待ってて……」
医師は静かに首を振った。
「無理はできません。体への負担は——」
「やだ……」
ぽつりと落ちた声。
「……歌えなくなるのは、やだ……」
胸の奥から、何かが込み上げてくる。
喉が熱くなって、思わず口元を押さえた。
「……っ」
吐き気を堪えるように、前屈みになる。
医師が慌ててティッシュを差し出した。
「無理しないでください」
「だい……じょうぶ……」
そう言いながら、息は乱れたまま。
「ひっ、ひっ」と、小さく空気を吸う音が漏れる。
——まだ、終わりじゃない。
——終わらせたくない。
頭の中で何度も繰り返す。
「……メンバーには……」
医師は、少し間を置いてから答えた。
「伝えるかどうかは、らんさんの意思です」
その言葉に、らんは唇を噛んだ。
(言えない……)
笑ってる顔。
何気ない会話。
ステージで並ぶ背中。
——そんなのを、壊したくない。
「……少し、考えます」
精一杯、真っ直ぐな声で言った。
診察室を出た瞬間、足の力が抜けそうになる。
壁に手をつき、肩で息をする。
「……は……っ」
喉の奥が詰まって、涙が止まらない。
「……俺……」
声に出した途端、嗚咽が溢れた。
「……どう、すれば……」
白い廊下に、答えはなかった。
♡100
次の話