第2話「”いつも通り”の仮面」
スタジオのドアを開けた瞬間、聞き慣れた声が飛んできた。
「お、らん!」
なつが手を振る。
その隣で、いるまも軽く頷いた。
「おはよ、らん」
その声を聞いただけで、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……おはよ」
笑ったつもりだった。
ちゃんと、いつも通りの顔のはずだった。
「らんらん、ちょっと遅かったね?」
みことが不思議そうに首を傾げる。
すちも、じっとこちらを見ていた。
「珍しいね、らんらん」
「ごめん、ちょっと用事あって」
嘘は言っていない。
ただ、言っていないことが多すぎるだけだ。
「らんくん、顔色よくないけど大丈夫?」
こさめのその一言に、心臓が跳ねた。
「……え?」
「ほら、いつもより白い」
らんは慌てて首を振る。
「気のせいだよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
少しだけ、声が早口になる。
(ばれないで)
心の中で、何度も繰り返す。
「じゃ、始めよっか」
なつの一言で、空気が切り替わる。
音が鳴り始め、いつもの練習が始まった。
——なのに。
(……息、浅い)
歌い出そうとした瞬間、胸が詰まる。
息を吸うと、喉の奥がひりついた。
「……っ」
一瞬、音を外した。
「らん?」
いるまの視線が刺さる。
「ごめん、大丈夫」
そう言って、もう一度マイクを握る。
(歌える……まだ……)
必死に声を出す。
でも、胸の奥がざわついて、リズムが遠い。
「……は……っ」
気づけば、息が少し乱れていた。
「らんらん、休む?」
みことの声は優しかった。
それが逆に、苦しい。
「いや、いける」
「でも……」
すちが何か言いかけた、そのとき。
「……っ」
急に、込み上げる感覚。
「……ごめ、ちょっと……!」
らんは口元を押さえ、スタジオの隅へ向かう。
喉の奥がきゅっと縮まり、空気が入らない。
「らん!?」
背後で、なつの声。
「……はっ、は……」
壁に手をつき、前屈みになる。
喉が鳴って、小さく「えっ」と音が漏れた。
「……っ」
吐くほどではない。
でも、気持ち悪さと、息苦しさが一気に押し寄せる。
「らんくん!」
こさめが駆け寄ってくる。
「大丈夫!? 水飲む?」
「だい……じょ……」
言い切る前に、嗚咽が混じった。
「……ひっ……」
肩が小刻みに揺れる。
涙が、勝手に落ちた。
「……らん……?」
いるまの声が低くなる。
「無理してるだろ」
「……してない」
震えた声で、否定する。
「……してない、って……」
なつが困ったように笑う。
「らん、最近ずっと変だぞ」
その言葉に、胸が締め付けられた。
(言えない)
——余命。
——一年。
そんな言葉、ここでは出せない。
「……ごめん」
小さく頭を下げる。
「ちょっと、疲れてるだけ」
沈黙が落ちた。
みことが、ゆっくりと口を開く。
「らんらんさ、何かあったら言っていいんだよ」
「俺たち、メンバーなんだから」
すちも、静かに頷く。
「一人で抱えなくていい」
その優しさが、刃みたいに刺さる。
「……ありがと」
らんは、無理やり笑った。
「でも……今は、まだ……」
——言えない。
ステージに立てなくなるかもしれない未来を、
みんなの前に突きつける勇気が、なかった。
「……練習、続けよ」
そう言って、マイクを握り直す。
誰にも見えないように、
胸の奥の震えを、必死に押し殺しながら。
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