「エスディージーズ、か…… な、なるほど、さ、さすがは善悪ね、センスが段違いだわん……」
昨晩、ルクスリアとイラに渋々ながら許されて、食事を摂りながら聞かされた自身が不在中の出来事を思い出しながら、コユキはタクシーの後部座席で呟くのであった。
聞き留めたのだろう、運転席のおっちゃん(同い年位)が話し掛けて来た。
「エスディージーズっていま流行(はやり)のあれでしょう? 持続可能な社会ってやつでしたっけ? どうなんですかねぇ? 人間にとって理想じゃなくても世界は持続、ってか続いていくんじゃないですかねぇ? まあ、俺なんかにゃ難しくて分かんないですけどね、お客さんはどう思います?」
予想外に難しい問題について考えていたらしい運ちゃんに対して、全く一ミリも考えた事の無かったコユキは腕は組もうと思っても届かないので、指を組んで祈りを捧げる感じになりながら暫く(しばらく)考えて言葉を返すのだった。
「ふむ、そうだね…… 確かに人類目線が素地にある話だと思うわね、地球上の生命全てを念頭に置いていない施策というのは否定できないわ…… でもね、それとは全然別の次元でもっと地球的な、それこそ全生命体を巻き込んだ滅びが訪れないとは言い切れないでしょう? 恐竜が絶滅した時だって、細菌や他の生物、植物魚類昆虫も含めて九十九パーセント死んだって言うじゃない? 在り得ない話じゃないんだよねぇ、まあその時に地べた這ってる人間風情が何か出来るかは分かんないけどさ、一応じたばたする為の予行演習みたいなものだと思うしかないんじゃないの?」
コユキの話が恐ろしかったのかブルルっと震えた後運転手は言うのだった。
「でもそんなにヤバい時は何とかするんじゃないですかね? アメリカとか中国とか、ほら国連とかが」
コユキは首を左右に振ってから断言した。
「無理ね! だって宇宙行った~、エッヘン! とか言いながら、未だ地球の重力圏外に人一人送れていない程度の科学力なのよ? 人類って! アタシ達が聞かされてる宇宙ってまだ地球の空なのよ、国際宇宙ステーションだって正確に言えば、『現在軌道維持可能な空の基地』だからね? 他の星から見たらただの高めの空なのよ? それがアタシタチ人類自慢の高度な科学力ってヤツなのよ、嫌になっちゃうわよねぇ、万物の霊長? はぁ~、地虫よ地虫! あっ!」
嘆いていたコユキであったが、目的の場所を示す立て看板を目に留めて、慌てて運ちゃんに告げたのだった。
「ねぇコーチマン! あそこの右側にある立て看板のとこで止めてちょうだい! ほら、あのバス停の先に見えてる看板で!」
コユキには確り(しっかり)見えていたのだ、馬鹿でかい看板に分かり易く書かれた文字列、『坂田(さかたの)公時(きんとき)のクラックはここから』と親切極まりないご案内メッセージが。
しかし、運ちゃんが意外な事を口にしたのである。
「お客さん? バス停はありますけど、看板? ですか? 何にも無いじゃありませんか! まだ先なんですかね?」
少しキョロキョロしながらだ、コユキは一瞬でピンと来たが時既に遅し、タクシーはスピードを落とす事無く看板の前を通り過ぎようとしていた。
慌てて叫ぶコユキ。
「ストップストーップ! ここで止めて! 今直ぐよ! 急ブレーキぃぃぃーっ!!」
キキキイィィッ!! ギャギャギャギャ!!
思わず急ブレーキを踏んだタクシーの横を、後続していたトラックが怪鳥の雄叫びの様な音を響かせてギリギリのハンドリングで衝突を避けて走り去っていく。
対向車がいなくて本当によかった。
「はぁあ~、お客さん勘弁してくださいよぉ~、はあ~、でここで良いんですか? 何にも無い場所ですが……」
「うん、ごめんなさい、ここで降りるわね、ありがと、二千九百四十円か、はいこれ、驚かせちゃったお詫びにお釣りは取っておいてねん♪」
「ああ、こりゃすいませ、ん…… え? ええっ! こ、こんだけ…… はあぁっ、どうも…… アリガトゴザシタ」
そう言って運ちゃんは無表情にコユキが渡した二千九百五十円を受け取るのであった。
コユキが満足そうな顔でタクシーを降りると、何故か急発進で立ち去り際のタクシーから小さくない舌打ちが聞こえた気がしたが? コユキは気にも留めずに目の前の看板に手を伸ばしたのであった。
スカッ!
「なるほど、一般人には見えないわけか、んでアタシには見えるってことは、いよいよ隠す気が無くなったって事ね! 死んでくれってか? んまあ、しゃーないわね!」
言い終えると看板に書かれていた方向に向けてズンズン進んで行くコユキであった。
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