4月11日
朝のバス停。
昨日より少し早く家を出たこさめは、
イヤホンを片耳だけ入れたままスマホを
いじっていた。
いつものように笑顔の仮面を準備する。
バスが到着して、
乗り込もうとした瞬間――
「あっ! こさめちゃんだ!」
明るい声に振り向くと、窓際の席から
手を振るみこと。
寝癖が少し残ってて、制服のシャツの
ボタンが一個外れてる。
朝日を浴びて無邪気に笑うその姿に、
こさめの心臓がちょっと跳ねた。
「おはよ、みことくん〜!偶然だね!」
「ほんと偶然〜!」
にこにこと微笑むみことの
隣に座りながら、
こさめは内心でスイッチをいれた。
「いつもこの時間に乗ってるの?」
「うん。 こさめちゃんも同じなんだ」
「確かにそうだね 今の時間だと
結構早くに着いちゃうもんね」
「このバス見逃したら寝ちゃう
自信しかないから」
「まじで?!ん〜じゃあ、
これから一緒に 登校しよ?」
「え、ほんと? やった!」
みことの笑顔がぱぁっと明るくなる。
その反応が、なんかずるい。
こさめはふっと視線を窓に向けて、
ほんの少しだけ“俺”の声で小さく呟く。
「……そう簡単に、落ちてくれたら
楽なのにな」
みことは気づかず、「ん?なんか言った?」と首をかしげた。
こさめはすぐに微笑み直して、
「ううん なんでもないよっ!」
バスが揺れて、二人の肩が少し触れた。
こさめの心の中では、“演技”と“本音”の
境界がまた少し溶け始めていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
教室について一旦離れる。
昨日より少しざわついてる。
新しいクラスの空気に、
少し慣れてきた
みんなが談笑している。
こさめは席にカバンを置いて、
そっと周りを見渡した。
昨日と同じ場所。
けど今日は――
なんだか“ひとり”を少し感じる。
斜め前では、みこととすちが隣同士で
楽しそうに話していた。
「え、すちくんもあのゲームやるの!?」
「うん、妹がやっててさ、
俺もハマっちゃって」
「わ〜!今度一緒にやろうよ!」
「いいね、放課後でも!」
ふたりの笑い声。
こさめの耳にはそれが、妙に響いた。
“また、すちくん……。”
視線を窓に向けても、意識はどうしても
ふたりのほうへ吸い寄せられる。
(なつくんまだ来てないんだ〜…)
そう思いながら気づけば、
立ち上がってた。
「すちくん〜! おはよ」
ぱっと明るく声をかけて、
手をひらひら振りながらふたりの机の
そばへ歩いていく。
「昨日ぶりだね〜、 おはよ」
「すっちーに話してなかった!
こさめちゃんバスでも一緒だったの!」
「あ、そうなんだ! 偶然だね」
すちが笑う。
笑顔のすちを見て、気づくことがあった
(え…、あだ名呼び、、)
「あ、、うん! ね、みことくん?」
こさめが少し身を乗り出してみことの
肩を トンとつつく。
「ほんと偶然だったね〜」
みことは照れ笑いを浮かべて視線を
泳がせる。
こさめはその反応に、ほんの少しだけ
口角を上げた。
“かわいい顔”を保ちながら、
みことのほうだけに向ける笑顔。
その横で、すちが小さく首を傾げる。
「……なんか、仲良くなったね。ふたり。」
「えへへ 」
「こさめすちくんとも
仲良くなりたいな〜」
こさめは、にこにこと笑いながら
机の 横に立ち、
すちの腕にそっと触れようとした。
指先がかすかに触れる――その瞬間、
すちはほんのわずかに体を引いた。
「……やめて、こさめちゃん。」
その声は低くて、少し冷たかった。
けど、拒絶するというよりは、
“距離を保とうとする”ような、
抑えた響きだった。
教室の空気が一瞬、張りつめる。
みことが小さく息をのんで、
「あ、あのさ……」と口を開こうと
したけど、すちはそれよりも早く視線を
そらした。
「……まだそんなに話したことないし、
急にそういうのは、ちょっと……」
言葉を選ぶように視線を下げるすち。
「……そっか、ごめん。」
こさめは少しだけ笑ってみせた。
だけどその笑顔は、昨日の明るさとは
違っていた。
笑顔の奥に、
ほんのわずかに影が落ちていた。
「別に……嫌いとかじゃないけど、ね。」
すちはそうつけ加えると、
またみことの方を向いた。
こさめは一瞬、その背中を見つめたまま、
ぎゅっと手を握る。
“避けられた。”
その現実が、じわりと胸に沈んでいく。
「こさめ、結構スキンシップしちゃうの
クセでさ〜、ごめんね、すちくん!」
こさめは、いつものあざとい笑顔を無理に
浮かべながら、
肩をすくめて笑ってみせた。
「ほら、なんか距離が近い方が
仲良くなれる気がして?」
声もいつもより少し高め。
“かわいこぶる”いつものモードに
切り替えて、空気を軽くしようとした。
だけど――
すちはその笑顔を見つめながら、
何も言わず、ただ静かに視線をそらした。
目が合ったほんの数秒。
その冷たさに、こさめの心臓がキュッと
縮む。
「……そっか。」
こさめは笑顔のまま呟いた。
でもその声は小さく、
どこか掠れていた。
――“本当に、避けられてるんだ。”
そう思った瞬間、
胸の奥がじんわりと痛む。
みことがその様子に気づいて、
「こ、こさめちゃん……」と声をかけようとしたけど、
こさめはそれよりも先に立ち上がった。
「ちょっと……トイレ行ってくる!」
いつもより明るい声を無理に出して、
教室を出ていくこさめ。
その背中は、
ほんの少しだけ、
寂しげだった。
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トイレの鏡の前。
冷たい蛍光灯の光が、
こさめの顔を照らす。
鏡の中には、いつもの“可愛い自分”。
けれどその笑顔は、
どこか引きつっていた。
口角を上げてみる。
笑顔を作る。
頬を指で軽く押して、
バランスを確かめる。
「……違う、これじゃない。」
小さく息を吐く。
目尻が滲んでいく。
「……何してんだろ、俺。」
声に出した瞬間、
“こさめ”の仮面が少しだけ崩れた。
「馬鹿みたい……。」
鏡の中の自分を見ながら、
笑いそうで、泣きそうで、
どうしようもなくなっていく。
「……あんなやつ、ほっといて……
違う、いい人探して〜……ってわけには、
いかなし……。」
言葉の途中で詰まる。
喉がきゅっと締めつけられて、
鏡に映る自分が少し滲む。
「……っは、何言ってんの、俺。」
手で顔を覆って、笑ってごまかした。
でもその笑いは、
もう“かわいこぶり”でもなんでも
なかった。
声が掠れ、言葉が途切れる。
その時――
ガチャッ。
トイレのドアが開いて、
明るい声が響いた。
「あれ?こさめじゃん〜!おはよ!」
「!?! おはよう、らんくん!」
反射的に、顔を上げて笑顔を作る。
頬が少し強張って、
目尻が上手く動かない。
「なんか鏡の前でずっと見つめてたけど、
どうしたん?」
「え、えっと〜っ、髪崩れてたから
直してたの!ほら、今日ちょっと
湿気あるでしょ?」
「なるほどね〜。でも十分可愛いけどな。」
「ありがとう! w」
一瞬、空気が明るくなる。
でも――
鏡の中で、
“笑ってるはずの自分”の目が、
少しだけ 曇っていた。
「じゃ、そろそろ戻ろ? いける?」
鏡の前から離れながら、LANが笑顔で
言った。
「うん、行こっか。」
こさめも、いつもの“あざと可愛い笑顔”を
戻して、軽く前髪を整える。
ドアを押して廊下に出る。
LANの足取りは軽くて、
こさめは少しだけ後ろを歩いた。
「ふぅ……。」
LANの背中を見ながら、
こさめはほんの小さく、
胸の奥にたまった息を吐き出した。
“バレてないよな。”
“笑えてたよな。”
そんな確認をするように、
心の中でそっと呟く。
――そして教室の前に戻ると、
すでに数人の生徒の声が聞こえてきた。
「お、やっと来たじゃん!」
「おはよー!」
教室の奥では、なつが席に座っていて
机の上にいるまが座っている。
まだ朝の準備中らしく、
いるまがイヤホンを外しながら、
「らん、お前トイレ連行か?」
なんて笑っている。
「ちげーよ! たまたま会ったの!」
なつは窓際でぼんやり外を見ながら、
手にペットボトルの紅茶を持っていた。
「すち、みこと おはよ!」
LANが明るく声を張る。
「おはよっ、らんくん!」
みこともそれに続いて笑顔で挨拶をした。
誰も気づかない。
その笑顔の奥に、
ほんの少し残る“ため息の名残”が
あることに。
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