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錆人は考えてみた。
唐人たちは何故、月花に惹かれるのか。
自分は何故、彼女をとられそうになったら嫌なのか。
――ほんとうになんでなんだろうな。
唐人が欲しいと言えば、おもちゃでも本でもなんでも譲ってきたのに。
月花だけは譲る気にならない。
いや、そもそも俺のものでもないんだが……。
ああ、仕事に身が入らないな。
余計な感情には、さっさとケリをつけよう。
そう結論づけたとき、月花が専務室に入ってきた。
仕事の邪魔をしないよう、そっと郵便物を指定の場所に置いて去ろうとする。
「待て」
錆人は彼女を呼び止めた。
「お前のうちに行ってもいいか」
いや、何故、突然っ、という顔を月花はする。
「い、いいですけど。
あ、西浦さんたちも呼びましょうか」
「いい。
そのメンツ呼んだら、唐人もひっついてくるだろ。
……この間は、寝ていて、奴が来ていたことに気づかなかったんだが」
ああ、と月花は思い出しながら笑う。
「そういえば、三田村さん、専務の顔に落書きしようとしてましたね。
船木さんが止めてましたけど」
ほんとうにあいつは幾つになっても、なにも変わってないな……。
「俺だけで行っていいか」
「……いいですけど?」
と言う月花は少し不思議そうではあったが。
警戒しつつも、なにか違うことを考えているように見えた。
月花になってみよう。
錆人は目を閉じ、月花の心になってみる。
こいつのことだ。
昨日、キスしたのは、なんか雰囲気に流されたせいか。
やっと見つけた偽装花嫁を唐人に奪われないようにと思って、やったことだ、とでも思っているんじゃないか?
そして、一人で家に行きたいと言い出した理由は、『今度こそ、ハンモックを独り占めしたいから』みたいな感じで解釈しているのでは?
そう月花の心を読み取った錆人は目を開け、力強く月花に向かい、言った。
「俺は、一人でハンモックに乗りたいんだ。
あいつらに邪魔されずに」
月花は、やっぱり、という顔をし、微笑んだ。
「いいですよ、どうぞっ」
月花の中の警戒心が解けたらしい。
ようやく二人の間に、キスする以前のなごやかな雰囲気が戻ってきた。
「いや、戻ってどうするんだ……?」
と西浦辺りに突っ込まれそうだったが、まあ、気まずくなるより、マシだと錆人は思っていた。
夜。
錆人より月花の方が早く帰宅したので、月花は家を片付けていた。
コロコロでラグの上などを掃除しながら思う。
専務、あのあと、ちょっと遠慮がちな顔をしていたのに。
一人で家に来たいとか。
急に、また、ずいっと前に出てきましたね。
まあ、ハンモックに乗りたいだけのようだから、深い意味はないのでしょうが。
あのキス――。
私は結構、引きずっているのですが。
専務にとってはどうでもいいことなんでしょうか?
まあ、専務、モテるだろうしな。
専務にとっては、深い意味とかないことなのかも。
ちょっともやもやするけど、顔には出さないでおこう。
そんなことを考えているうちに、スマホが鳴り、
『今、会社を出た』
と錆人からメッセージが入ってきた。
月花は慌ててコロコロを動かすスピードを上げる。
「すまない。
遅れた」
と言いながら、錆人はやってきた。
いえいえ、と月花が言うと、
「なんか喉が渇いたな」
と言う。
「走ってこられたんですか?」
「……いや、そうじゃないが」
錆人は実は柄にもなく緊張していたのだが、月花は気づかなかった。
「あっ、じゃあ、すぐに出せるもの……」
えーと、と月花は室内を振り返る。
「あ、あった」
とテーブルの上のティーポットを開けて、覗き込み、
「……なまぬるい紅茶なら」
と言った。
「温める気も冷やす気もなさそうだな……」
まあいい。
それをいただこうか、ありがとう、と錆人は言う。
ぬるい紅茶を飲んだあとで、錆人は、
「食べたか? 晩ご飯」
と訊いてくる。
「いえ、まだです」
「じゃあ、何処か食べに行くか」
そうですね、と言ったものの、ずっとおごってもらっているのが気になっていた。
「あの、もしよろしかったら、うちで食べませんか?」
なにっ? と錆人が驚く。
「お前が作ってくれるのか!?」
「嫌なら別にいいんですけど」
「いや……ありがとう」
と錆人は熱い瞳で見つめてきた。
そうか。
専務も外食に飽きてたんだな、と月花は思う。
「あっ、でも、ほんとにたいした物できませんよっ」
月花は焦ってそう予防線を張ったが、錆人は微笑み、
「いや……嬉しいよ」
と手を握ってくる。
ほんとうに飽きてたんだな、外食、と月花は解釈した。
さて。
お米は今から炊くと時間かかるから、冷凍のを探すか。
月花は冷蔵庫の前にしゃがみ、冷凍庫の中をごそごそと探す。
「あっ、ちょうど、三つ、ご飯を冷凍したのがっ。
……違った。
白い悪魔だった」
「……なんだ、白い悪魔って」
と背後に立っている錆人が訊いてくる。
「お米かと思って喜んだら、肉まんなんですよ、かなりの確率で。
そのガックリ感から、肉まんのことを白い悪魔と呼んでいます」
「嫌いなのか、肉まんが……」
「いや、好きなんですけどね。
今じゃないよ~っていう」
と言いながら、まだ冷凍庫の奥深くをガサガサ漁る月花を錆人は何故か興味深げに後ろから眺めていた。
「そうだ。
専務の会社に派遣される前、洒落たマルチパンを見つけて。
職場も新しくなることだし、心機一転、家事も頑張ろうと思って、そのマルチパン、買ったんですよ」
「ほう」
「ちょっと小腹とか空いたときにスープとか作れたらいいなと思って。
野菜とかたくさん入れて、やさしい味付けにしたら、身体にもよさそうじゃないですか」
「それはいいな」
と言った錆人はカウンターの隅にある、コロンとしたステンレスのそれに気づいたようだった。
「まだ袋に入っているようだが……」
「……箱からは出しましたよ」
……専務が洗ってくれました。