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朝。
珠莉は一睡もできずに、じっと天井を見ていた。前の席ではシートベルトに縛られたお父さんとお母さんが、何度も同じ動きを繰り返している。
その気配に、弟の璃都も眠れずにいる。
「じゅり……お父さんとお母さん、どうしたの?」
璃都がかすれた声で尋ねる。
珠莉は呼吸がうまくできない気がした。咄嗟に言葉が出てこない。
「……わからない……わかんない……わかんないよ……」
何も知らない。誰も教えてくれない。
そして、これからどうなるのかも、珠莉には想像もつかない。
璃都が声を殺して泣きそうにする。
珠莉も、泣くのをこらえて弟を抱きしめた。
食べ物はあとほんの少しだけ。水ももう軽い。
お腹は空いて喉も乾くけれど、車の外に出るのがとにかく怖い。
だけど、このままでは二人ともダメになってしまう。
お父さんとお母さんは、もう自分たちを守ってはくれない。
「……出なきゃ……」
珠莉は小さな声でつぶやいた。
「え?」と璃都が顔を上げる。
「車から、出よう。……外、見に行く」
自分でそう言っても、声が震える。心臓はドクドクとうるさく鳴っている。
ゆっくりドアノブに手をかける。シートベルトの音、両親のガラスを叩く音が、耳の奥にズキズキ響いた。
小さくドアを開けると、むっとした夏の空気と、遠くの鳥や虫の鳴き声。
周囲の道路には車がいくつも放置され、周りに人影はない。
「……行こう」
珠莉は震える手で璃都の手を強く握り、車の外に一歩を踏み出した。
外に出ると、むっとする夏の空気が肌にまとわりついた。
車の中からは、ギシ、ギシとシートベルトを軋ませながら父と母が動こうとする音が、途切れなく聞こえてくる。
二人は無表情なまま、後部座席の方へゆっくりと手と顔を伸ばし続けていた――
生きていたときとはまったく違う、“何か”になって。
珠莉と璃都はしばらく車のそばで立ち尽くしていた。
父と母は、ガラス越しに生気のない目でただこちらを見つめている。
「……これから、どうしよう……」
珠莉がぼそりと呟く。
その間も、車内の父と母はシートベルトとガラスに爪をこすりつけていた。
璃都がぽつりと言う。
「家に……帰ってみようよ」
珠莉は一瞬戸惑い、振り返る。
車の中の父母が“家族”だった頃の面影はもう、どこにもなかった。
「……帰ってみる?」
不安を抑えるように、弟の手を握りなおす。
「うん」
父と母は車内で、不規則に動き続けている。
珠莉と璃都は、その姿を背に受けながら歩き始めた。
ふたりで、家に――帰るため。