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あれから何時間の時が過ぎたのか分からない。
地面に伏せて気を失っていたリィラは、ゆっくりと起き上がって地面に座る。
周囲の森は普段通りの静寂に包まれている。辺りを見回してみるが、魔物もセンティもいない。
しかし、地面に残された血痕だけが惨劇の事実を痛感させて瞬時に目を伏せた。
(センティ……私の……せいで……)
リィラに怪我はない。毒性のある自分だけが魔物に捕食されなかったのは当然の事だった。
次々と溢れ出す紫色の涙が頬を伝い地に落ちると、血の赤に染まった土の地面に新たな色彩を染み込ませていく。
自分がセンティと出会わなければ、彼はこんな危険な場所まで足を運ぶ事はなかった。毒花のポプリがあれば安全だと思い込んでいた。
(ごめんなさい、センティ……)
リィラが絶望を感じたのは罪悪感だけではない。リィラはセンティを愛していたのだと自覚した。
もう、どこにも行きたくない。このまま、ここで命が尽きてしまえばいい。センティが果てた、この場所で一緒に土に還ろう。
そう思って、リィラは再び地に伏せて瞼を閉じた。
意識を手放してから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
リィラは誰かに抱き上げられて意識を現実に戻した。
(……誰?)
薄く目を開いて自分を抱き上げた者の顔を確認する。夕刻の薄暗さのせいでよく見えないが、あの時の魔物のように赤い瞳の男性。
「王国の者だ。王の命により、あなたを連行する」
それだけ言うと男性は目も合わせずに、リィラを抱いたまま森の中を歩き出した。
男性は簡易的な銀の鎧を身に纏っているので王国の騎士団の者だろう。リィラに素手で触れる行為は危険なのに、彼は全く恐れる様子はない。
(私……処刑されるんだ……)
それは当然だと思った。自分はアディール王国の王子を死に至らしめた罪人なのだから、極刑は間違いない。
こんな形で王国へ行く事になるなんて皮肉な運命だと思った。
森の外まで連れ出されると、そこに待機していた馬車に乗せられた。
拘束される事もなく、普通に座席に座らされたリィラはずっと下を向いている。
ふと視線を感じて顔を上げると、正面の座席に座っている男がこちらを凝視している。先ほどリィラを抱きかかえた男性だった。
歳は20代だろうか。美しい金髪に赤い瞳。人の感情らしきものを感じさせない冷たい瞳は、やはり先ほどの魔物の瞳に似ている。
「あの、あなたは……」
「名はアレン。近衛兵だ」
リィラが言い終わる前に名を名乗ったアレンだが、リィラはそれを信じなかった。
(そんなはずはない。アディール王国の近衛兵・アレンは死んだって……)
センティから王国の事は色々と聞いていたが、アレンという近衛兵の話は特に印象に残っている。
アレンは今日のセンティと同じように森で魔物に襲われて死んだと聞いた。センティの話が本当ならば、目の前のアレンは偽者で偽名と考えられる。
だがもう、そんな疑問はどうでもいい。もうすぐ自分は処刑される身なのだから。そう思うと、もう何も怖くはない。
「私は死刑になるの?」
「……まず王があなたに会う」
何を聞いてもアレンは無愛想に短い言葉で返してくる。しかし罪人を『あなた』と呼ぶのは丁寧すぎる気がする。
アディール王国は王が罪人の前で直々に裁きを下す制度なのだろうか。
その後は沈黙が続き、気が付いた時には馬車が停車した。王国の城に辿り着いたのだろう。
「降りるぞ。ついてこい」
アレンは先に馬車を降りようとして背中を見せる。近衛兵を名乗る割には油断と隙だらけだと思う。
(私、罪人じゃないの?)
罪人の護送というよりは単なる送迎に思えてしまう。リィラの毒の事にも触れずに気にしていない様子であった。
見上げるほどに大きな城門を通って、そのまま突き進むアレンの背中を追いかけて歩く。よく考えたら罪人が堂々と正門から入る事自体がおかしい。
やがて、花や草がモチーフの装飾が目を引く銀色の扉の前に辿り着いた。この先に王がいるのだと雰囲気で分かる。
「……国王陛下の部屋だ。入れ」
アレンが扉を開けると、リィラに一人で入るようにと促す。
アディール国王という事はセンティの父親だ。どんな顔をして会えばいいのか分からない。
ただ、自分がセンティを殺してしまった罪は事実。どんな罰が待っていようと、リィラは裁きを受ける覚悟を決めた。
しかし、なぜ『自室』に通されるのだろうか。疑問に思いながらもリィラは恐る恐る室内へと歩を進める。
真っ赤な絨毯の上を歩くと、その先には真っ黒なソファに座る人物の姿が見えた。
(え……?)
その人物の姿を捉えた瞬間に、リィラの心臓が大きく跳ねる。呼吸も瞬きも忘れるほどに、紫の瞳は『彼』の姿だけを捉える。
銀色の髪と、優しい眼差しと甘い口元。黒のウエストコートの中にグレーのシャツで、3人掛けほどの大きな黒いソファの真ん中に堂々と背中を埋めている。
リィラが正面から一歩一歩近付く度に、その面影は現実のものとなる。
「……センティ!!」
目の前の男の姿は、間違いなくセンティだった。魔物に食われて死んだと思われていたが、生きていた。
リィラは衝動的に駆け寄ろうとしたが、自分を見つめるセンティの瞳に気付いた瞬間に足を止めた。
センティの瞳は血のように赤い色。青空のような澄んだスカイブルーではなかった。
「センティ……? 本当にセンティ……なの……?」
震える声で問いかけるリィラを見上げるセンティの赤い瞳は冷たく、感情の欠片も見えない。
「あぁ、オレはセンティという名だったな」
その声も間違いなくセンティのものだが、その言葉の意味が分からない。
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