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硬直したように動かなくなったリィラを見てセンティは腰を上げようとしたが、気怠そうな顔をしてやめた。
「……だるいな。この体が馴染むまで時間がかかる。おい、リィラ。側に来い」
「……え?」
動こうとしないリィラに苛ついたのか、赤の瞳を持つセンティは目を細めて顔を歪めた。かと思うと、急に柔らかい笑顔になった。
「あぁ、こっちの口調の方がいいかな。ほら、こっち来てよ、リィラちゃん。怖くないから」
そう言って手招きをする彼の笑顔も口調も仕草も、リィラが求めていた生前のセンティと同じだった。
引き寄せられるようにしてリィラは歩き出すと、センティの座るソファの前に立つ。
センティを見下ろして彼の顔を確認する間もなく、強い力で片腕を掴まれて引っ張られる。
「さっさと来いよ、オレの餌がっ!!」
「きゃっ……!?」
リィラの体はセンティの膝の上に乗せられて正面から向かい合う形になった。
至近距離で見ても、やはりセンティの赤い瞳は人間の持つ色味とは思えない。それに毒のある体に素手で触れるなんて自殺行為にも思える。
「あなたは……人間じゃない……誰なの?」
「あぁ、この赤い目か? そうだ、オレは人間じゃない。魔物だ」
「魔物……?」
「お前も見てただろ、センティを食った魔物。それがオレだよ」
理解し難い話だが、リィラはそんな魔物の話を聞いた事がある。捕食した人間を吸収して、その人間の『姿』を得る魔物がいると。
だとすると目の前の彼は、センティの姿をした魔物。センティの体に寄生した魔物の人格のようなもの。
「まさか王子の体が手に入るとは好都合だったぜ。コレのおかげでな」
センティはポケットから小さな巾着袋を取り出してリィラの目の前で見せた。甘い毒の香りが鼻を掠める。
リィラが魔物除けとしてセンティに贈った、毒花のポプリだった。
しかし魔物は本能で毒には近付かないはず。それなのに目の前のセンティは毒を恐れる様子は全くない。
「でも、それは毒なのに!」
「普通の魔物ならな。オレたち獣魔にとって毒は嗜好品だ」
「そんな……それじゃあ……」
リィラが渡したポプリの香りに引き寄せられた魔物にセンティは襲われた。
真実を知ったとろこで何も変わらなかった。自分がセンティを殺してしまった。そしてセンティは死んだという事実も。
今まで耐えてきた悲しみの感情がリィラの瞳に涙となって溢れ出す。同時にセンティは顔を歪めて笑う。
「そうだ、泣け。いい事を教えてやる。コイツの記憶によると完全にお前に惚れてるぞ。良かったなぁ両思いで」
「……や、やめて……」
獣魔は捕食した人間の姿だけでなく記憶も保持している。センティの大切な想いを秘めた心にも侵略し冒瀆する魔物が許せない。
リィラの頬に紫の筋の涙が通ると、センティは片手でリィラの顎を掴んだ。強引に顔を自分の方へと向けて、その頬に舌を這わせる。
「……っ!?」
生暖かく悍ましい感触にリィラは全身を震わせる。頬から目元へと這うセンティの舌は涙を拭うなんて優しいものではない。
センティは魔物の舌で食べ物を味わうかのように、リィラの涙をいやらしく舐め取っている。
「……やはり人毒は美味いな」
恍惚な笑みで舌舐めずりをするセンティに身が凍るほどの震えと不快感を覚える。
毒が含まれるリィラの涙は、目の前の魔物にとってはご馳走でしかない。そして今の行為は単なる味見だった。
「リィラ。お前はオレの最高級の嗜好品として大切に生かしてやる」
「……いやっ! 離してっ……っ!!」
「あぁ、ほら、リィラちゃん。大人しくしてよ。好きだよ、愛してるよ」
「やめて、やめて……!!」
センティの人格を利用して誘惑する魔物が憎くてたまらない。……いや、ずるい。悔しい。それでも彼に惹かれてしまう自分が。
顎を掴まれ固定されているリィラは片手を振り上げて抵抗するが、センティのもう片方の手に腕を掴まれた。
「大丈夫、痛くないよ。すぐに終わるからね。では、いただきます」
センティの口調で天使のように微笑む魔物は、涙を拭ったその口でリィラの唇に深く重ね合わせた。
「……ふ……」
声を封じられたリィラの唇から吐息だけが漏れる。恋人がするような甘いキスとは違う。荒々しく舌でかき混ぜて吸い上げている。
センティはリィラの毒の唾液を吸い取っていた。舌で刺激を与えて唾液の分泌を促し、いやらしく水音を立てながら、リィラが枯れ果てるまで吸い尽くし喉に流し込む。
長い口付けの後、充分に飲み尽くして満足したセンティの唇が離れてようやく解放される。
「ふぅ……美味い。最高の味だ……ん? 吸いすぎたか」
魔物の人格に戻ったセンティが膝の上で抱いているリィラを見ると、腕の中で虚ろな瞳で荒い呼吸を繰り返している。
……力が入らない。まるで生気を吸い取られたみたいに。体内の毒素が奪われて薄まったせいだ。リィラには憎い魔物を睨みつける力も残されていない。
センティはリィラが死なない程度に毒を吸おうとしたが、あまりの美味に我を忘れてしまった。
口付けの名残である紫の愛を口の端に伝わせて、センティはリィラの体を抱きしめる。
(なんで……そんなに優しく……)
リィラは戸惑う。この魔物にとって自分は餌でしかないのに、なんでそんなに愛しさを込めて抱きしめるのだろうか。
「リィラ。タダで餌になれとは言わねえよ。可能な限り望みは叶えてやるから言え」
餌になる対価という事だろうか。魔物のくせに律儀だ。毒と思考能力と体の自由を奪われたリィラには、その意図を読み取る事なんてできない。
侵されて荒れた口を懸命に開いて、せめてもの願望を言葉に出す。
「センティを……返して……センティを名乗らないで……」
霞んだ意識の中でも、魔物への憎しみだけは尽きない。そんな願望は叶えられないとは分かっていても、これ以上の望みはない。
「……いいだろう。今後はセンティの人格で生きてやる。名前は……そうだな、ゼンティと名乗る」
少し前まで貪りついていた魔物とは思えないほどに優しい口調でセンティ……いや、ゼンティは答えた。
「じゃあ、リィラちゃん。今後もよろしくね。おやすみ」
口調と微笑みはセンティそのものだが、これは魔物のゼンティが王子センティの人格を真似ているにすぎない。
死んだセンティはもう戻らない。姿も声も記憶すらも全てがセンティなのに、魔物に成り果ててしまった事実は変わらない。
そして……ゼンティとなってしまった魔物にリィラが惹かれてしまう事実も変わらないのであった。
愛しさと悔しさを胸に、リィラは獣魔の王・ゼンティの胸に抱かれたまま意識を手放した。