「むっふふーん♪」
「おお、アリエッタすっごく機嫌良いしー」
ピアーニャが壊れかけながら帰って数日。
すっかり上機嫌になっていたアリエッタは、毎日絵を描いていた。それも板やトレース台を使っての作業ではなくなっている。
(うん、やっぱりイーゼルが最高だね! 紙も大きくなったし!)
新しい画材を手に入れるのに成功していたのだ。
きっかけは、家に来たネフテリアが持っていた大きな紙を貰った事。それは杖に絵を描く仕事の報酬でもあり、ピアーニャが使えなくなった場合のもう1つの交渉材料でもあり、本当はタダでプレゼントしたい物だった。
キャンバスの拡張はアリエッタにとっても嬉しい事だった為、見せた瞬間から物欲しそうな目になったのは必然と言えた。しかしそこは元大人のアリエッタ。期待はしつつも何か仕事の道具かもしれないと、頑張って我慢していた。
チラチラと送られる視線に気づいていたネフテリアは、チャンスとばかりに身振り手振りで杖に絵を描いてほしいと伝えた。ピアーニャが連日のご機嫌取りで疲労困憊だったのを、救助する為でもある。
杖とネフテリア、そして大きな紙を見つめ、もしかしたらお仕事かもという推測を立てたアリエッタは、早速杖に絵を描いていき、そして大きな紙を手渡された。
ありがとうの言葉と共に紙を差し出された時の笑顔は、ミューゼ達と一緒にネフテリアまでもが昇天しそうになった程である。
その後、最初は床に敷いて描いていたが、描き終わって不便さを思い出したアリエッタは、別の紙に設計図を描き、ミューゼ達に見せた。その結果、数日の後に低めのイーゼルが出来上がったのだ。
これにはアリエッタも大満足。王族とは縁遠い筈の大工に向けて王女の権力が全力で使われた事など、子供には一切関係無いのである。
「できた!」
「おおっ、どれどれー。見せてほしいしー」
本日はクリムが一緒にお留守番。珍しくアリエッタを置いて、ミューゼとパフィの2人が一緒に出かけている。
もちろんアリエッタも、クリムと一緒に2人を見送ったので分かっている。少し悲しい顔をしたが、無事見送る事が出来たのだ。その後クリムにしっかり餌付けされ、上機嫌で絵を描いていた。
「凄いし……ラスィーテのシュクルシティっぽい町並みだし。思い出しながら描いたし?」
お菓子で作られた家が並ぶ街並み。空には球体の雲。そして遠くに見える山の空だけが、夜になっている。
(くりむと一緒に行った世界。これで合ってるかな?)
「アリエッタ。ラスィーテの事覚えてたし?」
「……らしーて?」
(おおっと?)
普段から、アリエッタが言葉を覚えようとするところを見ていたクリムがピンときた。
これまでは物の名前などを中心に覚えてきていたが、リージョンを指差す事が出来ない為、まだ行った場所の名前は知らないのだ。
クリムは普段教えている方法を思い出し、絵を指差しながら単語を口にした。
「ラスィーテ」
「らしーて…っ!?」(うへっ、噛んじゃったかも。うぅ…発音ちょっと難しい)
「あーうん、よしよし」
「らしーて!」(大丈夫だったっぽい!)
「ちょっとだけ違うけど、可愛いからよしとするし」
アリエッタは「らしーて」(ラスィーテ)を覚えた。
(パフィとミューゼ驚くしー。うしし♪ そろそろ本部に着く頃だし?)
クリムはアリエッタを連れて、アリエッタの縄張りの方へと向かって行った。
王都エインデルブルグ。
ミューゼとパフィはピアーニャに呼ばれ、リージョンシーカー本部へとやってきた。
「総長~」
「……あれ? 服が違うのよ?」
「ニチジョウできてたまるか!」
今回はアリエッタがいないという事で、サメの服は着ていない。そのせいか、実に軽やかな足取りである。
「それにしても、ちょうどいいトコロにきたな。そろそろクジョウがくるであろうコロアイだ」
「苦情?」
「総長なんか悪い事したのよ?」
「ちがうわ! まぁみていればわかる」
ピアーニャがミューゼ達に聞かせたい苦情とは何なのか。2人は訳が分からないまま、ピアーニャについて行く。
苦情が来ると言う割には、やたら上機嫌である。
「なにしろアリエッタへのクジョウだからな。いつもコドモあつかいするせめてものシカエシだ」
「本人いないのよ」
「ふん! オトナのキタナイところをコドモにみせられるか! ちょくせつではないが、それをしるのはオマエたちだけでジュウブンだ」
なんだかんだと子供に優しいピアーニャであった。
子供の責任を取るのも保護者としての役目と2人に言い聞かせ、その保護者からの文句は完全にシャットアウト。
と、そこへ……
『みゅーぜ! ぱひー!』
「!?」
「おぉう!」
突然アリエッタの声が聞こえた。
驚いたピアーニャは慌ててキョロキョロと辺りを見回し、警戒心をあらわにする。
「ああありえったたたたああああ!?」
「いや動揺し過ぎなのよ……」
絶対にここにはいない筈の天敵の声。辺りを探るも、姿どころか気配すら無い。隠れたり気配を消すなどという考えをするような子供ではない事は、イヤという程知っている。そもそもアリエッタに限って、ピアーニャに向かって来ないわけが無い。
そんなあり得ない現状に、ピアーニャの頭は大パニックになっていた。
ここでミューゼがピアーニャに背を向けて、一言。
「アリエッタ、ちゃんと良い子にしてるー?」
「ひぃっ!」(やはりいるのか!? どこだ!?)
『ぅ? ……はい!』
「うふふ、偉い偉い~」
何気ない親子のような会話が展開され、ピアーニャがさらに挙動不審になっていく。
「アリエッター。ピアーニャちゃんがいるよー」
『ぴあーにゃ! ぴあーにゃ!』
「うむぅっ!?」(いる! よくわからんがいる! だがいない!)
「ピアーニャちゃんがねー、アリエッタの服着てくれな──」
「すまん! きがえをおもいだしたああああ!」
「あー……」
恐ろしくなったピアーニャは、全力で部屋へと戻っていった。
間もなく自室へとたどり着いたピアーニャは、すっかり涙目になっている。すっかりアリエッタの存在がトラウマになっているような、そんな状態である。
「おかしいおかしいおかしいおかしい! きょうはアリエッタいないんじゃなかったのか! きがえてないとゼッタイになかれる! もうカンベンしてくれぇっ!!」
服を脱ぎながらクローゼットを開けるという器用な事をし、中からサメ服を取り出した。アリエッタに会う時の現在の正装だ。
絶対に着たくないと主張しながら、何度も何度も着ているせいで、すっかり手慣れた様子で装着していく。しかし今はそんな事を考える余裕すらない様子。
「よし! これでいける!」
悲しい気持ちで意気込み、急いで部屋を──
どすっ
「いたっ!」
「うぶっ!?」
出た所で人にぶつかった。
「ん? テリア?」
「やっほーピアーニャ。ぷふふっ、慌ててどうしたの~?」
ネフテリアである。
実はミューゼを呼んだ事を知り、コッソリとリージョンシーカーに忍び込んでいたのだ。
「いや、しのびこむなよ。ドウドウとこいよ」
「いーじゃない、いつもの事なんだし」
「それがダメだっていってるのだが!?」
「そんな事より、どうしたのかなー? かわいいの着ちゃって♪」
「うるさい! アリエッタが……アリエッタがあああ!!」
「アリエッタちゃんも来てるの? 呼ばないって聞いてたのに……?」
思い出して取り乱した事で、現在の状況を思い出した。慌てて『雲塊』を小さく広げ、抱き着いた状態でミューゼ達の元に戻っていくのだった。
それを追いかけるネフテリアも、様子のおかしいピアーニャに首を傾げながら、後を追った。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……もどった…ぞ」
「お疲れ様です総長」
「ってあれ? なんでテリアがいるのよ?」
「きちゃった☆」
ここからは遊びに来たネフテリアも同行する事となった。特に断る理由がストーキング以外に無いミューゼは、ピアーニャに言われた通りに、一緒に隠れてホールを見守る事にした。
「おさわり禁止ですからね」
「分かってるってー」
「そ、それよりもアリエッタは? どこだ、どこからくる?」
「何の事なのよ?」
パフィは首を傾げた。
「いやさっき、アリエッタのコエがきこえただろ?」
先程目の前で行われた、アリエッタの声に返事をするミューゼ達の事を言っている…のだが。
『?』
ミューゼもパフィも、「なに言ってるの?」と言いたげに、眉をひそめてピアーニャを見ている。
「え……そんなはずは……たしかにコエが……」
「ピアーニャ大丈夫? 疲れてるんじゃない? ナデナデしてあげようか?」
「いや、その……うぅ……」
否定しようと思ったが、先日の接待の疲れかもしれないと思い直したピアーニャ。思っていたよりもずっと、心の傷が深いのだろう。
幻聴ならば仕方ないと、強引に気を取り直した。しかし、
「こんなキブンでホールにいくのか。はぁ、やめておけばよかった……」
すっかりテンションが限界まで落ち込んでしまったようだ。
しかし仕事は仕事として、ホールでやるべき事がある。
「ではリリ、コイツらたのむぞ」
「はい。ミューゼさん達はこっちで見学です。何もしないでくださいねー」
「一体何が始まるんです? リリお姉様」
「テリアは聞いてないのね。まぁ多分面白いわ。もう既に」
そう言って、ネフテリア達を案内したリリは、ホールへの入口で頭を抱えるピアーニャを見た。
(しまったああああ!! アリエッタの服に着替えたままだったああああ!!)
ホールには、見るからに不機嫌そうなシーカー達が集まっている。
子供に見られたくないサメ服ピアーニャが、そんなシーカー達の前にこれから姿を見せなければいけないのだ。
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