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覚悟を決める為に数回深呼吸し、
「……もう20回以上深呼吸してますが、いつになったら行くんです?」
「すぅ~っごほっごほっ……うるさいなっ。カクゴするたびに、いきたくなくなるのだっ!」
「キリがないので行きましょうか」
「いやだっ、いやだあああ!!」
ロンデルに催促されて、覚悟が決まらないままホールに突入する事になってしまった。
「皆様お待たせいたしました。総長の御成りです」
何故か仰々しくピアーニャを紹介するロンデル。その様子から、面白がっている事がよく分かる。
ちなみにロンデルの衣装も、実はアリエッタの原案による新作だったりする。インナーとして襟の長いドレスシャツに、綺麗な花が大きく描かれた広いネクタイ。そして長い脚を主張するかのような黒のスラックス。これだけでも心にクるモノがあったのか、試着を担当した女性であるフラウリージェの店員が悶え転がっていた。
さらに、黒をベースとした金のラインと赤い裏地のロングコートを着た時、元からナイスミドルなロンデルの雰囲気に、これまでにない妖しさが追加された。その時、試着担当は顔を真っ赤にし、内股になりながら逃げて行ったという。
アリエッタがイメージしたのは吸血鬼な伯爵とエレガントな執事の混合である。この服は水着の時よりも遥かに危険だとピアーニャが判断し、しばらくの間封印されていたのだが、本日ついに解禁となった。
(よし、オンナたちのイシキはロンデルにむかってるな。これならハンブンはだいじょうぶだ)
解禁したピアーニャの狙いは、完全なる保身であった。実際オシャレなロンデルを見て、女性陣の殆どが目を向けている。息を荒くしている者もいる。
それを確認したピアーニャは、ついにホールへと足を踏み入れた。
「来やがったな総長! あの杖はぶうウウッ!?」
『んぐふっ!?』
最初に怒鳴り声を上げた男が、喋っている最中にピアーニャの恰好を認識し、思いっきり噴出した。
「わらうなああああ!!」
分かってはいたが、どうしても反論せずにはいられないピアーニャ。それを皮切りに、ホール中が笑いに包まれた。
「だーっはっはっは! なんじゃそりゃ! 魚かぁ!?」
「かわいっ…んふふっ。そうちょ…あははは!」
「ううううっ……」
流石に涙目になってプルプル震え始めた。しかし、恰好のせいでそれすらも可愛らしい。一時はロンデルに意識を向けた女性陣の視線も、完全にピアーニャに奪われていた。ピアーニャの作戦はあっさりと無駄になったのである。
ホールの片隅、受付の裏で見学中のミューゼ達もある意味笑っていた。ニヤニヤと。
「総長も素直に全部受け入れれば、気が楽になるのにねー」
「大人へのコンプレックスの塊だもん。無理じゃないかな」
「アリエッタがどれだけピアーニャちゃんを調教できるのかによるのよ。会話を覚えるまでが勝負なのよ」
「はぁ、副総長素敵♡」
全員が笑う中、サメ服を何度か見ているリリだけがロンデルを見つめている。
必死に声を張り上げて、笑うなと叫んでいるピアーニャだったが、笑いが収まる気配が無い。今回は理由もあって、強引に解決するのも憚られる……のだが、
「もうだまれええええ!!」
ジャキキキキンッ
『ぅあぎゃああああ!!』
我慢出来ずにブチ切れてしまい、『雲塊』を空中で無数の針状に伸ばし、シーカー達の間に思いっきり突き立てた。
「オマエらわらいすぎだっ! グスッ…ほっといてくれ! わちだってこんな…なあっ!」
涙ながらの力技で、シーカー達は笑う事と動きをピタリと止めた。
しかし、それを阻止する者もいる。
「総長、それは無理です。そんな可愛らしい姿で何を言っても、今の貴女は『ピアーニャちゃん』でしかないのです」
『プッ』
「ロンデルおまえええええ!!」
既に『雲塊』をシーカー達に向けて使っている為、今のピアーニャは近くにいるロンデルに対して無防備である。
優しい作り笑顔のロンデルに撫でられ、怒って腕を振り回して反撃するが、絵面がどうしても父親に駄々をこねる幼児にしか見えない。そんな光景を見ているシーカー達の顔が、だんだんと優しくなっていった。
「そんなメで、わちをみるなあああ!!」
しばらくの間、ロンデルがひたすら揶揄い続け、それをシーカー達がニマニマしながら眺め続けていた。ピアーニャは段々と…ではなく、急激に落ち込んでいく。
涙を零しながら、すっかり沈み切ったピアーニャを確認し、ロンデルがシーカー達に今回の要件を促した。
「さて、皆様。ピアーニャ総長に何か言いたい事があるのでしょう?」
『言えるかああああ!!』
全員で寄ってたかって落ち込ませ、立つ気力すら奪い切った相手に、さらに苦情を言えるような無神経の持ち主はここにはいなかったようだ。そのような者がいても、組織として真っ先に斬り捨てないと評判に関わるので、当然といえば当然なのだが。
「総長ごめんなさい! 苦情とか伝えたいから、今すぐ立ち直って!」
「悪魔かっ」
「でもよぉ、どうすんだアレ。あんな状態の総長にコレの文句とか言いづれぇぞ」
一斉にたじろぐシーカー達。しかしロンデルは容赦しない。
「さぁどうしました? 貴方達の不満はその程度ですか? 思いの丈を総長にぶちまけるのです」
「いや怖ぇよ副総長!」
「あんな人だったんだ……」
「どうしよう……わたしもあんな風になじられたい」
「えっ……」
様々な困惑の声が、ホールの中を埋め尽くした。
片隅で覗いているミューゼ達はというと……
「ちょっと総長が気の毒なのよ。アリエッタが放っておかないのよ」
「アリエッタがいたら、丸一日世話し続けるよねー」
ピアーニャを気遣っているのか、面白がっているのか。もしくは、これ以上面白くしていいのかどうか迷っているのかもしれない。
姿が見えないネフテリアとリリはというと、奥に引っ込んで床をバンバン叩きながら、大笑いしていたりする。
ここで、そろそろ話を進めようかと思ったのか、ピアーニャへの苦情をロンデルが聞く事にした。もちろんピアーニャはそのまま放置で。
「あー、なんつーかな……この杖可愛すぎだろ。どうにかならねーのか?」
すっかり毒気を抜かれた様子で、シーカーの男が杖を掲げ、ようやく苦情を口にした。
その男が持つ杖は、先端の大きな部分にピンクのハートマークがいくつも描かれていた。持っている厳つい男とのギャップが激しい。
「ちなみに効果の程は?」
「ああ、獣型のドルナの対処は出来たぜ。他のヤツが何をしても触れる事も出来なかったってのに、この杖を使えばあっさりと仕留める事が出来たな」
シーカーの報告をサラサラと紙に書き、次のシーカーへと同じ質問をしていく。
結果、『杖が可愛いくてツライ』『ドルナの対処は問題無く出来た』の2つが満場一致の意見だった。
「参考にさせていただきます。では解散」
『待て待てマテマテ!!』
しれっと終わらせようとしたが、シーカー達の要件に限っては終わっていないのだった。
「だから! この杖! どうにかならねぇのか!」
可愛い絵が描かれた杖を掲げる大人達。半数以上が男性であるせいか、絵面が濃い。可愛い動物が全体に沢山描かれた杖を持つ女性も、大人の感性が邪魔するのか恥ずかしいようだ。
ドルナ対策の杖が、どのように作られたかを知っているロンデルの答えはただ1つ。
「どうにもなりません」
『はやっ!』
「ちょっとは考えてくれよ!」
仕方がないので、シーカーはどうにかして突破口を探す事にした。
「じゃあこれ描いた人に会えます?」
「駄目です。まず王族に話を通さないといけません」
「伝言くらい頼む!」
「残念ながら話が通じません」
「何か打つ手は無いんですか!?」
「総長をこんなに可愛くできる程の猛者ですから。我々の手には負えませんよ」
『無理じゃん!』
「はい」
一般のシーカーにどうにか出来るような相手ではなかったようだ。
そんな会話を聞いているミューゼとパフィは何とも言えない顔で眺め、王族側の2人はウンウンと頷いている。
「アリエッタって、王族が間に立つ程の子だっけ?」
「あの可愛さだから分からなくもないのよ」
「そっかー」
「ウチのマンドレイクちゃんと、コンビ組ませてみようかしら」
「何やらせようとしてるんですか……」
リリの中で、よく分からない計画が練られ始めている。
杖の変更は無理だと知り、すっかり肩を落として解散するシーカー達。ドルナと遭遇するまでは、布を巻きつけて隠ぺいするという事を徹底する姿勢である。
人がまばらになり、ピアーニャとロンデルがホールを出た。ミューゼ達はそれを追って総長室前で合流する。
「お疲れ様なのよ総長」
「……おう」
「あららー? ピアーニャちゃん元気ないねー」
「うるさいなっ! だいたいコイツのせいだ!」
ピアーニャにポコポコ殴られているロンデルは、とても満足そうに見える。
総長室に入ったピアーニャは、ソファに倒れ込んだ。疲労困憊である。主に精神面が。
その様子を見て、ミューゼがバッグからある物を取り出し、ブツブツと呟き始めた。
「ねぇパフィ。ミューゼは何してるの?」
「すぐに分かるのよ。とりあえず見てるのよ」
その言葉の通り、ミューゼはピアーニャの方へと駆け寄り、手に持った木の板をピアーニャに近づけた。すると、
『ぴあーにゃ!』
「ぎょにゃあああ!?」
なんと、木の板からアリエッタの声が聞こえてきた。