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何事も無く順調に進んでいた。
全ての日程を終え最終日。
デビューしたの頃の10年以上前から弾いているあの曲、ミセスの夏の代表曲、フェーズ2で最も聞かれている曲など、ファンも僕らも思い出に浸りながらどんどん上がっていくボルテージ。だが途中落ち着かせるようなバラード調の大好きな曲で泣きそうになり、フェーズ1で最後に5人で歌った曲で完全にボロ泣き状態。ステージの端からでも分かるくらい若井は泣いていて、元貴も控えめだが涙目だ。アンコールに入り1度衣装を整える。
こんなに皆仕上がっているのに「最後の曲」はどうなるんだろう。寂しいのに、それ以上に楽しみだ。涙でぼやけた視界でなんとか目的の鍵盤を探し、MCまで持ち堪えた。
「えーー…そうですね。名残惜しいんですけど、そろそろ次でラストの曲になります」
ええー、とお馴染みの声が多方向から飛んでくる。新曲なんです、無事に完成してよかったね、そんな風にMCは進んでいき、若井と元貴がふざけて笑いが起こっている間に素早く涙を拭う。
切り替えて、いつもの笑顔で会話にツッコミながら少し離れた2人を見た。
でも、まだぼやけている。
1人で笑みを零しながら、まだ泣くのかと自分に思いつつ下を向いて瞼を擦った。
また2人を見る。やっぱりぼやけている。
ん?と違和感に、気づいた。目元は水っぽくないのに何度瞬いても、擦っても2人がはっきりしない。観客の方をみてもペンライトがじわっと滲む。あれ、どうしよう。鍵盤もさっきより良く見えない。ドクドクと鼓動が煩く耳まで響いて、暑さじゃない汗が手を滑らせる。
「聴いてください。____。」
曲のコールがされる。若井のギターが轟いた。
その途端、重低音でくらっと脳が揺れた。
え、え…?今の今まで何ともなかったのに、音が歌声が耳をつんざくように聞こえる度吐き気を催す。唇が震えた。足の感覚が遠のく。やばい、やばいやばい、これ前倒れた時と全く同じ状況だ。
記憶だけを頼りに上手く動かない指に渾身の力を込める。感動ではない、意地を張り歯を食いしばって演奏していたため涙が出てくる。自分の奏でた音すら五月蝿い。少しずつ、若井とコーラスの所が近付いてくる。どうにかして彼にだけでも伝えなくちゃ。この思い、このライブを台無しにしない為に…!相手の反応は全く見えない、でももしもの為に決めていた合図を目線で送る。
どうか、どうか届いてくれ____!
◻︎◻︎◻︎
がやがやと雑音で意識が浮上する。重たい瞼を開くと、白すぎる天井で目が眩んだ。
あぁ、きっと僕がライブを台無しにしたんだな。
先程までステージに居たのに、身体中が重たく手首のコードの感触、そしてつんとした消毒の匂い。自分の状況を嫌でも思い知らされた。涙が溢れる。もう、何でこうなるんだろう。いつもこうだ。やり遂げたくてもいくら全力でもやり遂げきれない。
「うぅ、ふぐっ…。うぁっ…」
熱いものが込み上げて、声を押し殺して泣く。治ったはずの視界がまたぼやける。元貴、若井、本当にごめん。そもそも僕が最後までやりたいとか言ったからこんな事になったんだ。僕があの時___。
「あの時、涼ちゃんがやりたいって言ってくれて良かったよ」
はっとして、首だけを動かす。
そこには元貴が立っていた。
「元貴……」
人の気配がしなかった、のに。腕を組み、こちらを感情が読めない眼で見ている。直感的に見放される、と思った。きっと今から皮肉をたっぷり言われるんだ、だから言ってくれて良かっただなんて。
「俺、涼ちゃんの病気がわかった時に、ミセスの活動を終わらせようと思ったんだ」
「っ…え?そう、なの?」
うん、と頷きゆっくりこちらに近づく。やめて、ごめんなさい、謝っても許されないけど、これ以上聞きたくない。
「涼ちゃんも、辞めるかなって思ってた。若井も。でも、2人とも違った。俺は自分が恥ずかしくなったよ。自分だけ涼ちゃんの体調がとか言い訳をつけて。本当は俺が一番君を欲してたのに。多分何かを病気がきっかけで失敗するのが怖かったんだ」
あ、あれ…?ストレートにそう言われ顔が熱くなってくる。元貴が、コードに繋がれている手をそっと取る。ごめん、と君は呟いた。ベットのすぐ側にしゃがみ込んだから目線が合う。首を振ろうとすると言葉で遮られる。
「若井に合図送ってくれたお陰で何とか演奏し終えたよ。2人でカバーして形にできた。本当に、良かった…。涼ちゃんの心意気は本物だった。知ってる?涼ちゃん立ったまま気ぃ失ってんだよ?」
「え、そっそうなんだ…」
いい意味だと根性っていうのかなぁ、と君は笑う。謝る機会を逃してしまったが、怒っている感じが微塵もなく戸惑う。と、そこでカーテンが開かれた。
「はい元貴、これ涼ちゃんの…。りょっ!?涼ちゃん!?目覚めたの!?」
両手に荷物を抱えた、若井だった。
「若井うるさい。ここ病室」
「そうだけど、いや言えよ!ナースコール押せよ!!俺がっ…」
「わかい…ごめん、僕もうるさい…」
彼の声がじーんと耳に響く。まだライブの余韻が残っているみたいだ。ああっごめんと口を手で塞ぐ。
「でも叫ぶのも無理ないって。涼ちゃん今何時か知ってる?」
ナースコールを押しながらそう問われる。確かに、今何時なんだろう。首をふると、
「今10時半だから、2時間くらい寝てたことになるね」
へっ?素っ頓狂な声が上がる。無理するなって言ったよね、と若井に肩を掴まれた。
「あっ……いや、その…無理、じゃなくてぇ…」
言い訳を連ねても一瞬であしらわれ、若井お母さんのお説教タイムが始まる。助けを求めて元貴を見るが、言われとけとでも言いたげに傍観していた。すると慌ただしく数名の看護師さんが来て、命拾いをする。
「涼ちゃんっ…!!良かったぁ、意識戻ったんだね!」
「新島さんうるさい。」
後ろに着いてきたマネージャーと、既視感のある制し方をする元貴。若井が笑って、場の空気が緩みほっとする。
もし、あのまま元貴と僕だけだったら、どうなっていたんだろう。
そう考える間も無く、今度は2人からのお説教が始まった。
◻︎◻︎◻︎
読んで下さりありがとうございます!
涼ちゃん、そろそろ限界が近づいているようですね…。二人の関係はどうなるのでしょうか。詰め込むつもりは無かったのに、段々1話の量が多くなっている気がします。誰か私に文の才を…泣
次も是非読んで頂けると嬉しいです。