心のどこかで待ってくれる兄を期待したのか、ため息が出てた。
なんとも言えないような気持ちを誤魔化すようにもう一度息を吐いた。
「心配なんて、馬鹿なこと言うなよ、くそが」
小声で誰にも当てることの出来ない暴言をひんやりとした空気にぶつけた。
もう、寝よう。きっと疲れてるんだ。
そう、疲れてるだけだ。
叶の本心も聞けて良かったじゃないか。
俺のことはどうでもいい。
寝てしまえば、楽になる。
考えなければいい。
俺の後ろに着いてくる黒い何かを粗末に扱えばいい。
黒いぐちゃぐちゃになった気持ちを抑えるために、自分を宥めるような言葉を言い聞かせ、自室へ向かった。
自分の身を隠すように、守るように、布団を体に掛け、体を小さくして眠った。
その日の夜は、月が綺麗で少し寒かった。
そういえば、窓を開けたままだったな。
ーーー
携帯のアラームが隣で俺に呼びかける。
「うるさ…」
と、言いながら止めようとして画面を見ると音の主は設定したアラームではなく、叶からの電話だった。
眠いながらに、通話開始を押し叶との電話を繋いだ。
「もしもし、葛葉、おはよう」
外にいるのであろう叶のスマホから車の通る音と共に、叶の優しい声がした。
「んぁ、なんの用だ」
「なんの用って、学校だよ。もう、行かなくちゃ。」
「休む」
「駄目だよ、葛葉来てくれなきゃ僕を一人になっちゃう」
いや、お前何人も友達いるだろ。
むしろ一人になるのは俺の方だし。
と、言いかけたところで昨日の叶を思い出した。
「…行く」
「じゃあ、葛葉の家まで迎え行くね」
電話が切れた。
叶の家から俺の家までの距離はそう遠くない。
ベットから出て、伸びをする。骨が乾いた音を鳴らして体を目覚めさせる。
顔を洗い、歯を磨いて、制服に着替え、スマホと財布を鞄に入れて、玄関に向かった。
その時後ろから声がした。
「あら、今日は早くから学校行くのね。明日は雨でも降るのかしら。」
声をかけてきたのは、母親だった。
気にしていないフリをして、靴を履きドアノブに手をかけた。
「行くならもっと早い時間から行きなさいよ。お兄ちゃんを見習いなさい。お兄ちゃんは、ほんといい子よね。なんでも出来る上に、あんたを心配してくれるのよ。昨日もね…」
母の話を遮るように、玄関の扉をを開き外にでた。
母は、まだ話を続けようとしている。
口を開けば兄の話や説教ばかりする母親には、うんざりしていた。
朝から気分が悪い。
気分とは裏腹に天気は快晴で、夏と秋の狭間の日差しは、強く肌に刺激してきた。
「おはよ、葛葉。行こうか」
玄関の向こう側には、暑そうに、手持ち扇風機を持って涼んでいる叶がいた。
「はよ、その扇風機貸せよ」
「駄目っ、これがなきゃ僕溶ける」
額に軽く汗をかいた叶が、扇風機を俺から遠ざけて言った。
「俺も溶ける」
叶は、少し考えてから「しょーがないなー、少しだけね」と言って扇風機を俺に貸してくれた。
時間は、いつもの歩く速度では、ギリギリで俺と叶は気持ち早足で駅まで向かった。
駅には、同じような制服をきた奴らや通勤している社会人が皆急いで電車に向かって歩いていた。
「人多いね、早く行こ」
叶が俺を先導するように、俺の前を歩いていく
その後を俺は、見失わないように歩いた。
なんとか電車に乗り込み、学校まで歩いて登校した。
「はよー」
「おはよう、叶くん」
「かなかな〜おはよ〜」
クラスの女子や男子が叶に挨拶をする。
叶もひとりひとりに挨拶と一言付け加えて返す。
相変わらずの「人気者」だな。
たまに、俺の方に視線を向けて気まずそうにするやつや、気にしないで叶に話しかけるやつ、気を使って俺にも挨拶をしてくるやつ。
たまに、俺の数少ない友達と言えるような奴らが来て「よっ!葛葉、叶も一緒か」と言って肩をばしばし叩いてくる。
叶は、顔が広く大体の奴と何かしらの絡みがあるようでその度笑顔を作り愛想良く挨拶をしていた。
その笑顔は完璧で、昨日夜中の公園に呼び出して、泣き喚いていたとは思えなかった。
昨日のあれは、全部夢で現実ではなかったように思えた。
「ずは、葛葉〜!」
叶が俺の方をみて呼びかけていた。
話していたクラスメイト達が居なくなってて、叶は額に薄らと汗をかいている。
そういえば、結局扇風機を返さずにここまできていた。
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「もー、そうやってぼーっとしてるから〜」
叶が頬を少し膨らませながら腕を組んで俺の横を歩く。
玄関について、靴を脱ぎ各自の靴箱に靴をいれる。
「で、何?」
上履きに履き替えながら聞く。
「日曜日空いてるか聞いたんだよ」
あ、といって叶が俺にいちごミルクを渡してくる。
いちごミルクは、俺の大好物。
確かに今週の休みは三連休だし、予定もないけど。
「これ、昨日お母さんが葛葉にってさ」
俺は、「さんきゅ」と短く礼を言って叶からいちごミルクを受け取った。
俺と叶の家は、特に仲のいいわけでもなく、幼なじみという訳でもない。
ただ、お互いの息子同士が仲がいいということだけは、認識しておりたまに、気を使って飲み物や食べ物をくれる。
「予定がなくもない」
「どっちだよ」
叶は、スマホを開き「ここ行こうよ」と俺にスマホを向けた。
そこは、海の見えるスポットでここからだと電車を乗っていけばいける距離にあった。
「もう、夏終わるだろ」
正直俺はどっちでも良かったが、日差しの中歩くのが少し億劫だと思った。
「だめ?」
教室につき各自席に荷物を置く。
叶が俺の席の前に座り手を合わせた。
「おねがいっ」
「別にいいけど」
叶は、「やった!今度の日曜ね」と自分のスケジュールに書き込み、笑顔で「楽しみだね」といった。
その笑顔は、夜の公園の時の笑顔と似ている気がした。
少し違和感を感じた。
「あぁ、そうだな」
ーーー
その後は、今まで通りの1週間を過ごした。
いつも通りの
授業、友達との会話、休み時間、飯、ゲーム、放課後。
今までと何も変わらない。
変わったのは、叶への感情の向け方、見方。
あの夜の会話がずっと忘れられずに脳裏に焼き付いている。
叶は、何も無かったかのように1週間を過ごしていた。
「叶、あの後どうなった」
叶との帰り道に、夜の公園の後にどうなったのかが気になって何気なく聞いた。
「あの後って?」
叶は、俺に視線を向けながらピンとしない表情をする。
「前に夜の公園で話した後」
そう言うと叶は、「あぁ、それね」と言って視線を俺から外して、真っ直ぐ前を向いた。
「あの後さ、帰ったら母さんがリビングで起きて僕のこと待っててさ。」
叶は、誰にも言わずに出てきたのか
それでも、気づいて待ってくれる人がいるのか
「僕が帰ってきたことに気づいた母さんは、僕の肩掴んで「どこにいってたの」って僕は眠れなくて少し散歩してきた。って話した」
「うん」
「そしたら、安心したように椅子に座って「何かあったの」って聞いてくれて」
そっか、こいつには心配してくれる親がいるのか
見守っていてくれる優しい親が
僕は「新しいお父さんと暮らすにはまだ時間がほしい」
って言った。
そしたら、母さん「どうして」って、
だから僕が「元の父さんの存在がいなくなっちゃうみたいだから」って
言ったら母さんすこし悲しそうな顔してさ、僕は申し訳なくなって下向いた。
そしたら
「気づいてあげられなくてごめんね」って
僕を抱きしめてくれて、母さん泣いてた。
僕は、なんとも言えないような気持ちで棒立ちしてた。
「母さんはそれでいいの?」って聞いた
「あなたが良くなるまで、私は待つわ。あなたが一番大事なんだもの。」
って
「だから、今は、週に一度新しいお父さんと夕飯を食べることになって一緒に暮らすのは、まだ先になりそうかな」
叶は、少し嬉しそうだった。
遠くを見ていても目元が緩み暖かい眼差しだった。
その日の夜を思い出してるんだろう。
「そうか、良かったな」
叶の、頭を乱暴に撫でた。
優しく撫でることも出来たのに、乱暴に撫でたのはなんでなんだろう。
「ちょっ葛葉、髪乱れるって」
叶は、俺の手を頭から離して、髪を整える。
「はははっ、もう帰るだけなんだからいいだろ」
いや、わかってる。
叶に嫉妬してるんだ。
俺の親と違って、叶ひとりを大事にしようとする親が羨ましかったんだ。
本当は、俺だって大事にしてもらいたかったんだ。
見ていてもらいたかったんだ。
居ないことに気づいて帰りを待っていてほしかったんだ。
今更そんなことに気づいた。
いや、そんなこと遠の昔に気づいてた。
昔に心の奥底に鍵をかけた気持ちが揺らいでるんだ。
「葛葉、どうしたの?」
叶が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「え?なにが」
いつもと同じように話したはず、何か無意識に変なこと言ってたのか?
「葛葉、僕の気のせいかもしれないけど、泣きそうな顔してる」
叶は、俺の方に鏡を向けて「大丈夫?」といった。
鏡に映った俺は、目が少し潤んでいた。
「あー、目にゴミ入ったかも。ちょっと、それ貸してくれ」
叶から鏡を貸してもらい、ゴミをとる真似をした。
無意識に泣きそうになることなんてあるんだな。と客観的に考えながら。
「そういえば、明後日だね。海行くの」
スマホを眺めながら叶が言った。
「そうだな」
そこからは、特にこれといった会話もなく。俺たちにしては珍しく静かに帰って行った。
ーーー
作者 黒猫🐈⬛
「笑顔の裏側」
第3話 心の鍵
※この物語は、ご本人様との関係はありません。
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コメント
4件
ずっと読んでたいです
好きだなぁ…
何度もコメントしてすみません。色々あるけど黒猫さんの作品読んてると元気でる。ありがとうございます 追記:この作品の価値プライスレス