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ブルーミーは、立ち尽くしていた。
右手に握る剣には、刃がない。
だが、確かに“剣”だった。
握った瞬間に感じた温度。
冷たくもなく、熱くもない。
それは、拒絶ではなく――受容の感触だった。
廊下の先に、気配がある。
歪み。
淀み。
人であった記憶だけが、形を失って残されたもの。
「……来てる」
喉が鳴る。
逃げたい、とは思わなかった。
ただ、怖さはある。
それでも、足は前に出た。
現れたのは、
「生徒だったもの」。
制服の名残。
曖昧な輪郭。
顔のあるはずの場所には、感情の抜け落ちた空洞。
ブルーミーは、深く息を吸う。
(私は――)
(もう、見送らない)
剣を構えた、その瞬間。
刃があるはずの空間に、
淡い光が生まれた。
剣の“刃”に当たる部分が、
聖なる光として生成される。
それは鋭さではない。
痛みを与える形でもない。
苦しみに触れ、
ほどき、
解くための光。
「……大丈夫」
誰に向けた言葉か、
自分でも分からないまま。
ブルーミーは、剣を振るった。
斬る、というより
祓い、清める動作。
光が「生徒だったもの」に触れた瞬間、
激しい抵抗はなかった。
呻きも、叫びもない。
代わりに、
絡みついていた怨念が、
ゆっくりと剥がれていく。
苦しみが、
意味を失い、
形を保てなくなる。
まるで、
長い悪夢から覚めるように。
最後に一瞬だけ、
人だった頃の面影が浮かび――
光となって、消えた。
ブルーミーは、息を吐く。
一体。
そして、二体。
何度も剣を振る。
動作は同じ。
けれど、心は違った。
罪悪感は、なかった。
過去は消えない。
クレアを救えなかった事実も、
選べなかった弱さも。
だが今、
この剣を振るうことに、
迷いはない。
左手のカッターは、
ただ身体の前に構えられている。
攻撃のためではない。
自分を守るためだけの位置。
それで、いい。彼らには絶対に使わない。
最後の一体が解放された時、
廊下の空気が変わった。
重く澱んでいた邪の気配が、
嘘のように消えていく。
静寂。
その中で――
足音が一つ。
「……ブルーミー……先生」
振り向くと、
柱の影からスカルが現れた。
表情は、いつも通り読めない。
だが、その視線に敵意はない。
「苦痛ではなく、安らぎ、か」
ブルーミーは、剣を下ろす。
「……はい」
「それでいい。
ここじゃ、そっちの方が
よほど難しい」
スカルは、階段の方へ視線を向けた。
「で、話は変わる」
その声が、少し低くなる。
「今しがた確認した。
ルビーが、邪に乗っ取られた」
ブルーミーの胸が、跳ねた。
「……ルビーが?」
「ああ。
中途半端じゃねえ。
たぶん、
もう本人の意識は
深く沈んでる」
一瞬、
言葉が出なかった。
ルビー。
規則に厳しく、友人に守らせることで
「守ってきた」生徒。
ツンデレでおしゃれ好き、何よりスクリーンの頭が特徴的だった。
「……職員室、ですか」
スカルは首を振る。
「違う。 別の階だ」
上を指す。
「職員室とは切り離された場所。
邪が、拠点にしやすい構造になってる」
ブルーミーは、
剣を握り直した。
怖さは、ある。
だが、足は止まらない。
「……行きましょう」
スカルは、短く笑った。
「覚悟、決まった顔だな」
二人は、階段へ向かう。
リンクたちがいる職員室とは、
逆方向。
今は、
合流できない。
だが、それでいい。
それぞれが、
それぞれの場所で、
向き合うべきものがある。
階段を上がるにつれ、
邪の気配が濃くなる。
ブルーミーは、
胸の奥で静かに誓った。
(今度は――)
(誰も、見送らない)
刃なき剣が、
再び淡く光る。
それは、
敵を倒すための光ではない。
奪われかけた誰かを、
現実へ引き戻すための光。
その先で待つのが、
たとえ邪に囚われたルビーであっても。
二人の影は、
別の階へと消えていった。
――同じ時刻。
リンクの知らない場所で、
もう一つの戦いが、
確かに始まっていた。
退魔の散在編 ー完ー
追い詰める過去編 に続く