テラーノベル
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私が廊下を歩くと、必ず兵士達は眉を顰める。
「あれが噂のハンジ分隊長か…」
「巨人の研究だなんて、頭がおかしいに決まっている…」
こんな、巨人をただ殺すことしか考えていないような奴らに
何を言われようとも気にするつもりはない。
私は私のやり方で、巨人に対抗する。
だが、何も感じないというわけではない。
私だって人間なんだから、悲しいとかの人並みの感情は持っている。
…巷では、私は血も涙もないマッドサイエンティストだとか言われているらしいが。
血も涙もない、というのは合っているだろう。
私はいつも、我を忘れて部下を危険にさらしてしまう。
「…分隊長」
「……ああ」
「あんな奴らの言うことを、貴女が気にする必要はありません」
「分かってるさ…徹夜で精神が参っている時は、ああいう戯言にも傷ついちゃうだけで…」
モブリットを心配させまいと、私はもごもごと言い訳をする。
だが彼は、少し悲しそうな顔をしてからこう言った。
「…傷ついてるじゃないですか。」
そんな彼の横顔があまりに綺麗で、私は少し熱くなった顔を隠すように俯く。
…この時は知らなかった。
彼のことを、何ひとつ知らなかったのだと、私は後になってひどく痛感した。
ベルトルト…超大型巨人の熱風で、私達は負傷した。
ラガコ村に向かおうとする私を、モブリットが止める。
「そんな体で馬に乗ったら、バラバラになりますよ!?」
その時、私は彼の顔を見ていなかった。
普段はジャケットを着ているからか、体格が良いように見えていた。
だが、シャツ一枚の彼の身体は細身で、とても体格が良いとは言えない。
思えば、私は彼がジャケットを脱いだ姿を見たことがなかった。
そして僅かだが、彼の胸に膨らみがある事に気が付く。
この時になって分かった。
私はずっと、モブリットの性別を勘違いしていた…
いや、そもそも本人が、勘違いされるように振る舞っていたんだ。
何故そうしたのかは、本人にしか分からない。
それから、私がサネスに胸ぐらを掴まれた時。
モブリットはすぐにサネスの腕を退かしてくれた。
その時は珍しくジャケットを着ていなかったが、その分さらしをきつく巻いているのか
前のような胸の膨らみは見られなかった。
「…あんまりきつく巻きすぎると、呼吸が苦しいでしょ」
そう私が言うと、モブリットの肩がびくりと動く。
「何故それを……熱風にやられた時ですか」
「察しがいいね。なんで男のフリしてるの?
調査兵団は確かに男所帯だけど…私みたいに、女の兵士だってたくさんいる。
男のフリをする必要は無いはずだけど」
私がそう聞くと、モブリットは少し顔を赤くしてから
恥ずかしそうにこう答えた。
「昔は普通に女の格好して…髪だって、腰までありました。
ですが、初めて好きな子が出来たんです…女の子でした。
その子に思い切って好きだって伝えて、そして言われたんです。
……私、男の子が好きだから、って」
馬鹿みたいですよね、そんな理由で男装なんて。彼はそう自嘲気味に言う。
私は、その子がひどく羨ましく思えた。
モブリットの人生をそこまで変えてしまった、そのひとりの少女を。
初恋というのは、ちっぽけなものに思えるが
人の人生を容易く変えてしまう、ターニングポイントだ。
私も、彼の人生の転機になりたかった。
「…私は、モブリットのこと好きだよ」
心の中でそう呟いたつもりが、口からぽろっと出てしまった。
モブリットは、まじまじと私の顔を見つめてくる。
信じられないという様子で。
「あっ、いや!仲間として、戦友として、部下として…ね?君、優秀だからね!」
焦りながら、頭の中に浮かんだ言い訳を並べる。
そうしていると、モブリットが急に近付いてきて…
こういうのをゼロ距離というのだろう。
彼の息遣いさえ、しっかり聞こえる距離で私に言う。
「私も、ハンジさんの事が好きです」
「…えっ?」
「性別という概念すら超越したような、貴女の姿が…私には、ひどく輝いて見えた…
あなたみたいに、なりたかった」
私は、よく性別を間違われる。
何故だか自分でも分からないが、時々私の性別を巡って
言い争いが起きているというのをよく耳にする。
モブリットのように、男として見られようと意識しているわけではない。
ただ、女として見られようとも意識していない…
元々自分に女っ気がないのは分かっているので、そうした。
だからかもしれない。性別を間違えられるのは。
「…性別なんて、あまり重要な要素じゃないと思うんだよ…子孫を残す時以外は。
他に重要な事があるから、だから私はそこに拘らなかったんだ」
「……ふっ、ははっ…」
そう答える私に、彼は乾いた笑いを溢す。
「私とは、真逆ですね」
彼は、私のようになりたかった。性別を超越したような存在に。
だが、私と彼では考え方が全く違った。
皮肉な事に、どうあがいても彼は私になれなかったのだ。
コメント
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モブリットへの呼び方が“彼”から変わっていないのはわざとです。 ハンジさんはやはりそういうことを気にする人物ではないため、 たとえ相手が男装した女性だと分かっても“彼”を使いそうだなと。 実際、諫山先生は性別はそこまで重要じゃないと考えているそうで 進撃の巨人の世界にはあまり性差がありません。