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咲と傘を並べて帰った翌日。
恋夢の中では、何かが変わり始めていた。
咲の目。
咲の声。
咲の冷たいのに、どこか温かい“距離のある優しさ”。
「 ……やば うち 、ガチでさきのこと好きかも 」
それは、久々に“誰かを信じたい”と思えた瞬間だった。
昼休み。教室の隅で、咲とふたりきりの時間。
「咲って、なんでウチのこと、かばってくれたの ?」
「私、自分の過去に、あなたが少し似てると思ったからよ。それだけ」
「それだけ、か……」
恋夢は笑った。でも、どこか寂しそうに。
「ウチ、マジで咲のこと、好きなんだけどなぁ。
女に好かれるの、キモい? ってか、気持ち悪い?」
咲は、しばらく黙ってから、
静かに、まっすぐに言った。
「……そうじゃない。
気持ち悪いなんて、思わないわ」
「ただ、私はもう、誰かを“好き”にはなれないの。
恋って感情に、疲れてしまったから」
「言い方、優しすぎでしょ」
「“キモい”って言ってくれた方が、ずっと楽なのに。
傷つけてくれたら、“失恋”って納得できるのに」
「優しいままで拒まれるの、いっちばんキツイんだよ……」
彼女は自分の胸に手を当てて、ぎゅっと指を食い込ませる。
けれど、涙は出ない。
出したくなかった。
咲は図書室で、いつも通り静かに本を読んでいた。
そこへ恋夢がやってくる。
表情は、いつも通り明るくて。
「さき〜、あのさ。ひとつだけ言わせて?」
咲は顔を上げる。
「ウチ、たぶん……咲のこと、本気で好きになってた。
でも、あんたが“もう恋できない”って言うなら、
ウチもそれ以上は、なにも言わない」
「だから、ありがと。
“ちゃんと好きになれてよかった”って思える人ができたの、
ウチ、すっごい誇りに思ってるから」
咲は、何も言わなかった。
ただその言葉を、受け止めた。
ひとり、歩く帰り道。
風が冷たい。街の灯りが滲んで見えた。
「……失恋ってさ、
誰かに“嫌い”って言われることじゃないんだよね」
「“好き”に届かない場所に、立ってたって気づくことなんだ」
それは、優しさの中にある、静かな絶望だった。
鬼灯 恋夢。
彼女はこの日、「また女の子に失恋した」。
でも、
もう誰にも「ごめんなさい」なんて言わない。
「好きになることを、恥ずかしがるのだけはやめる。
うちは、次もちゃんと女の子に恋してやる」
夕暮れの空に、恋夢の小さな決意が溶けていく。