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夕暮れ。誰もいない静かな廊下。
ここあは、のあの後ろ姿を見つけて、思わず呼び止める。
「 のあくん……今日、ちょっとだけ話せる? 」
のあは本を胸に抱えて、ふわりと笑った。
「うん。いいよ、ここあちゃん」
ふたりきり。机の上には、紅茶の紙パックとキャンディ。
ここあは、俯いたまま言った。
「ねぇ、のあくん……のあくんは、誰かを好きになったこと、ある?」
のあは少しだけ考えて、それから――
「……うーん、たぶん、ないかも」
ここあの指がぴくりと揺れた。
「そっか……」
のあは続ける。
「でも、誰かのことを“大事だな”って思うことはあるよ。
ここあちゃんも、そう。ぼく、ここあちゃんといると嬉しいから」
「それって、恋じゃないの?」
ここあが、声を震わせる。
のあは、困ったように微笑む。
「……ごめん。たぶん、それはちがう。
ぼくは、恋っていうより、“友達として”……」
ここあの目から、ポロリと涙が落ちた。
「……わかってる。わかってた、つもりだったのに……」
「優しいから、ちゃんと“好き”って言われたわけじゃないって、わかってたのに……」
のあが慌てて立ち上がる。
「ここあちゃん、ごめん、そんなつもりじゃ……!」
「ううん、違うの。謝らないで、のあくんは悪くないの……!」
「でもね、恋じゃなくても、のあくんの言葉って……
私には、すっごく嬉しくて、すっごく痛かったんだよ……」
ここあは涙をぬぐって、笑った。
「好きになってくれて、なんて言わない。
でも……忘れないでね。
のあくんがくれた優しさで、誰かが“恋をしてしまうこと”もあるって」
「わたし、そのひとりだから」
のあは、何も言えず、ただ立ち尽くしていた
心愛は、のあを責めなかった。
のあも、自分の気持ちに嘘はなかった。
でも、それでも、恋がひとつ、静かにこぼれた。