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「今日: 配信」
そう表示された画面から目を背け、 ふう、と息を吐く。
寝起きのぼんやりとした視界を覚ますべく ぱちぱちと数回瞬きをし、開いていたカレンダーを閉じる。
のそのそと起き上がって再びスマホを 開き、その黒いアイコンをタップして 少し考え、いつものルーティーンをこなした。
@ないこちゃん🍣活動復帰しましたっ!
[ お!は!な!い! ]
顔を洗い終えてから、先程淹れたインスタントコーヒーを1口飲む。
ちょっと苦いな、と少し顔を顰めた。
パソコンを立ち上げて、来ていた数十件のメールに 目を通しながら今日の予定を脳内で 組み立てる。
今日は配信後にまろも交えたミーティングもあって、あとはあのタスクもこなさなければならない。
「…多いな、今日中に終わるか?」
小さく呟きながら首を捻ると、壁に掛けられていた時計が目に入った。
表示されていた時刻は思っていたよりも前に見た時より進んでいて、「やべ」と焦ったように立ち上がり、
外へ出れる格好に着替える為クローゼットを開くと前に比べてやはり減ったような気がする服。
あいつにあげすぎた、なんて苦笑する。
「おはようございます」
「あ、おはようございまーす」
事務所につき、社長室へと続く部屋で作業をしていた社員たちに声を掛けながら歩く。
皆が社長用として空けてくれたその部屋の 扉を開いて中へ進むと、真ん中に誂られた 来客用の黒いソファに沈み込んでいた人が 「お」と声をあげた。
「ないこやっほー、おはよう」
「おはよ、まろ」
柔らかく笑みを浮かべたまろは片手をこちらへ 掲げたあと、少し窮屈そうにネクタイを緩める。スーツ姿なのでこれから出勤だろうか。にしても遅いけど。
「今日電話してへんかったけど大丈夫? ちゃんと起きれた?」
「ばかにしてんのか、起きれるよ」
自分用のデスクチェアに腰掛けて 冗談交じりに強めにそう返してやると、 「んはは」と声をあげて笑う彼。
その拍子に一箇所跳ねた黒髪が揺れ、思わず吹き出す。
「まろ寝癖ついてる」
「え嘘、どこ?」
自身の頭に手を伸ばした彼だが、見当違いの 場所を撫で付けている。 片手を伸ばして数回ぐっと押さえつけてやると、 その跳ねは治まった。
「お、ありがと」
「どういたしまして。まろ自分のことあんま気にしないよねー」
それにイケメンなのに、と小さく付け足す。
それを受けて まろは、若干タレ目がちなその目を優しく細めて 笑った。
「んははっ、えー、ありがとう。まあまろ陰キャやからね」
「何言ってんだ、お前も十分だって」
前からまろが言ってるその「俺陰キャだから」理論よくわからん。
まあ確かに俺も学生時代はド陰キャだったから見た目特に気にしないの分かるけども。
「んじゃ俺、仕事行きますわ」
「え、もう10時前だけど大丈夫?」
「えー、わかんない。頑張る」
「なにそれ」
楽観的にも見えるようなことを口にしたまろは小さく微笑し、立ち上がって俺の方へと歩いてくる。それを見て、頬杖をついていた俺は小さく首を傾げた。
「今日モーニングコールしようとしたらもうおはツイされててんもん。ないこの声も聞けんかったから会いたくて」
「…ふふ、そっか。俺のこと大好きじゃん」
「うん、大好き」
付き合いだしてからもう分かっていたことだけど、まろは愛情表現が真っ直ぐだ。
冗談で言ったことをきっぱりと肯定されると、それを直に食らった俺はたまに面食らってしまう。
「……、分かったから。ほら早く、行った行った 」
「えーひどくなーい!?」
けらけらと笑いながら俺の後ろに回ってきた まろは、俺の首に腕を回す。
椅子の背もたれがあるので腹に手を回すのはやめたのだろうが、この姿勢は大分うなじに息がかかってしまってこそばゆい。
少しの間そうしていた彼は俺から離れると、 ソファに立てかけていた通勤用のバッグを手にして俺に笑いかけた。
「じゃ行ってきます。ちゃんと休憩挟めよ」
「分かってるって。行ってらっしゃい」
ぱたん、と閉じられた扉を確認して、はあ、とため息を漏らす。
急にあの距離感はビビる。
丁度今日の配信は俺だし、腹いせになにか いふのやらかしエピソードとかいじり倒してやろうか。
そんなことを考えながら仕事に取り掛かった俺の頬は、やはり優しく緩んでいた。