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ドルギア殿下のことを話した時に、お姉様はまんざらでもないような表情をしていた。
彼が人格者であり、後ろめたいことなどがない人であるということは、知っている。お姉様と関わっていることを知って、その辺りについては調べたからだ。
だからお姉様が彼と仲良くなって、結果的に婚約したとしたら、祝福するべきであるだろう。それ所か、私が手回ししてもいいのかもしれない。
「不愉快です」
「あらまあ……」
私の言葉に、お母様は苦笑いを浮かべていた。
お母様は私と違って、お姉様とドルギア殿下が懇意にしているということは、喜ばしいことなのだろうか。それがなんとなく表情から読み取れる。
「エルメラは、本当にイルティナのことを慕っているのね……」
「ええ、そうですけど」
「でも、姉離れとか、そういうことをしてもいい時期なのではないかしら?」
「これでも、しているつもりですよ」
「まあ、そうなのかしらね? 一応、婿を迎えることは認めた訳だし……」
アーガント伯爵家は、お父様やお母様、それにお姉様が守りたいと思っているから、守るべきであると考えている。
だから、この家を存続させるためにお姉様が婿を迎え入れるということについても、渋々ながら納得した。
ただ一度納得したはずの事柄は、あの愚かなるパルキスト伯爵家の次男によって、蒸し返されることになった。今の私がもう一度そのことに納得するのには、少し時間がかかる。
「あのパルキスト伯爵家の次男……名前はもう忘れましたが、もうあのような男にお姉様が弄ばれるなんて、ごめんです」
「まあ、その辺りはあの人もわかっているから、婿選びには前よりも一層慎重になると思うわ」
「その点、ドルギア殿下は信頼できます。王家も良い人揃いですからね」
「王子との婚約なんて大それたことができるかは置いておいて、そういうことなら、問題はないのではないかしら?」
「だからこそ気に入らないんですよ。認めなきゃいけないじゃないですか」
もしも仮に、ドルギア殿下の方がその気になって婚約をもちかけてきたとしたら、アーガント伯爵家には断る理由もないし、その婚約は成立するだろう。
ドルギア殿下や王家は、あの愚かなる伯爵家のような者達ではない。もしも一度決まれば、その婚約が揺るぐことなんてないだろう。
「もしもの時は、慰めてくださいね、お母様」
「それはいいけれど……まだ、何一つとして決まっていないわよ?」
「いえ、私が王家に働きかけますから……ドルギア殿下以上にお姉様に相応しい婚約者なんて、いないでしょうし、ね?」
「あなたも難儀ね……」
◇◇◇
「エルメラ嬢、あなたには偉大なる才能がある。その力をこの国のために、是非役立てて欲しい」
「……まあ、別に構いませんよ」
幼少期のある時に、私は新たに開発した魔法が認められて、国の研究機関なるものに呼び出されることになった。
国のために私の才能を活かして欲しいという要望に対して、私はとりあえず頷いた。国のために働くことが、人々を助けることだと思っていたからだ。
別に私は、私や家族さえ幸せならそれで構わない。
ただ、私の親愛なるお姉様は、人々の幸せを望んでいる。お姉様は困っている人を見ると悲しそうな顔をするし、必ず手を差し伸べる人なのだ。
だから私も、人のために働こうと思っている。具体的には、この偉大なる才能によって、人々の生活を豊かにしたいのだ。
「あなたの才能を磨くためには、然るべき場所……具体的には、こちらで研究に集中した方がいいと思います」
「……?」
「ご両親には、こちらからお伝えしますから、是非ここで暮らして、好きなだけ研究してください。必要なものは、こちらが全て用意します。あなたはその才を振るうことだけに、集中していればいい」
目の前にいる偉いらしい人の言葉に、私は首を傾げることになった。
こんな所で暮らして、一体何が学べるというのだろうか。私にはそれがまったくわからなかったのだ。
「すみませんが、私は家に帰ります」
「……何故、ですか? あなた程に賢い方なら、わかっているでしょう。ここがこの国で最も効率良く学べる場所だということが。ここには優れた研究者がいるし、資料もある。ここにいれば、あなたは数多の魔法を開発できる」
「お言葉ですが、それは私が今の生活を捨ててまで欲しいものではありません」
私は人々のためにこの偉大なる才能を振るうつもりではあるが、それは別に最優先事項という訳でもない。
勉学や魔法の研究だって、好きではあるが、目の前の人程に熱意がある訳でもない。楽しくて、報酬も得られるからやっている。それだけだ。
私が優先するのは、あくまでお姉様や両親との生活である。身を粉にして働こうとか、そういった考えは私の中にはまったくない。
「まさか、あなたのような才能を持つ者が、両親や家族が恋しいというのか? そんな者達と一緒にいても、君の才能は磨かれない」
「……あなたはそうだったのかもしれませんね」
「……何?」
「あなたは才能のない凡人だったから、環境を言い訳にしていたのでしょう? 私は天才ですから、どんな場所でも成果を出せます。少なくとも、あなた以上の成果を、です」
相手があまりにもしつこいため、私は少し強い言葉を発してしまった。
すると目の前の偉い人は、目を丸めている。やはり不快に思ったのだろうか。
しかし、その方が私にとっては都合がいいかもしれない。嫌われてこれ以上付きまとわれなくなるなら、私にとっては何よりだ。
その時の私は、この出来事をそんな風に呑気に捉えていた。
それが間違いであると気付けなかった私は、愚かだったといえるだろう。