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「馬鹿じゃないの?」
麗はポツリと呟いた。
「麗ちゃん、どうしたの、大丈夫?」
角田に声をかけられて、麗は床に座って日記を読みながら、目頭が熱くなっていることに気づいた。
祖母の墓まで行って罵りたい。お前が息子を育て損ねたせいで、皆苦労したと。
麗の胸が苦しいのは祖母のためでも、まして父のためでもない。
ただ、姉と己が可哀想だからだ。
姉や麗の苦労の諸悪の根源を見たためである。
(ああ、でも……もしかしたらあいつが私を社長にしたのは)
父なりの親愛の情だったのかもしれない。
かつて、父が祖母にそう望んだように。
馬鹿すぎる、どれほど迷惑だったことか。
麗は息を整えて笑った。
「ごめんね、ビックリさせてしもて。ちょっとお茶飲んで落ち着くわー」
立とうとして、涙が零れ落ちそうになった。
「無理しないで」
角田が目の前に来て膝をついた。
「あ、本当に大丈夫だから……」
「駄目、一人で悲しまないで」
麗の涙を拭ってくれようと、角田の指がそっと近付いてくるので、 それは駄目だと麗は顔をそらした。
「麗ちゃん、今幸せ?」
「えっ?」
「この前の麗音先輩が番組で言ってた、麗ちゃんがずっと須藤先輩が好きだったって話、嘘だよね」
「いや、えっとあの……」
「俺、学生時代ずっと麗ちゃんのことを見てたからわかるよ。麗ちゃんは須藤先輩によく懐いていたけど、家族って感じで、他の女性陣が須藤先輩に向ける視線とは違ってた」
「まあ、その確かにえっと、政略結婚的な側面はあった、けど……」
「俺、麗ちゃんが初恋なんだ」
角田の真剣な目が麗を捉えている。
「え? 嘘、だって、嘘」
麗は信じられなくて、からかわれているのかと思ったが、角田の目はどこまでも本気だ。
「本当で本気」
「……私、嫌われてたと思ってた」
「今となっては黒歴史なんだけど俺はあれで口説いてるつもりだった」
学生時代、角田は麗によく話しかけてきたが、口説かれていたとは思えない。
車道側を歩く麗に、運動神経悪そうだし、危ないから歩道側歩きなよとぶっきらぼうに言われた覚えがある。
可愛いキャラクターのキーホルダーをいらないからとくれた時に、幼い感じがピッタリだからあげると言われた覚えもある。
「あれで……?」
「そうあれで。恥ずかしいから一旦その話しはどっかに置いてくれないかな」
角田は罰が悪そうに頬を掻いた。
「ああ、うん」
「麗ちゃんの気持ちがまだ俺にないことはわかっている。いきなりこんなこと言われても戸惑うよね。でも、もし、今辛いなら俺のところに来て欲しい」
「いや、それは、いや、不倫とか、私無理やし。何言ってるの、あかんて。それにそもそも、別に今の生活が苦しいとかないし。私が明彦さんにどんだけ世話になってることか」
その時、ドアが開く音がした。
「ただいま、麗、お土産にカツサンド買ってきたぞ。好きだろ?」
誰かからここにいると聞いたのだろう。出張から帰った明彦が資料室に入ってきた。
角田から顔を反らし、明彦と目が合った瞬間、その顔が剣呑なものになった。
「何をしている」
明彦の声は底冷えしそうなくらい冷たかった。
「あ、アキにい……明彦さん。帰ってくるの明日やなかったっけ? ああ、そんなことより、彼、サークルで一緒やった角田君やねん。今、映像会社にいるんやって。久しぶりやろ?」
サークルの後輩の角田だと伝えるも、明彦は角田を睨むのをやめない。
今のやりとりが後ろめたく麗は体が冷えていく。
「あの……須藤先輩お久しぶりです」
角田も明彦の剣幕に血の気が引いている。
「角田、お前はここで何をしている」
「CMの資料集めに来ました」
もしかして、キスしようとしていると明彦は勘違いしてしまったのだろうか。
「そうか。退社時間だ。角田君はもう帰りなさい。俺と妻も帰る」
大股で明彦が近付いてきて、勘違いを解かねばと焦る麗の腕をつかんで立たせた。
「ごめん、今日は明彦さんも出張帰りで疲れてるみたいやし、また今度」
麗は努めて明るい声を出したが、無意味だった。
「疲れていない。それよりも、麗は俺の妻だ。これ以上近づくならお前のキャリアを全力で潰すから覚悟しておけ」
「ちょっと、何言って……」
明彦が変なことを言うので、麗は戸惑った。
「っ失礼します!」
顔を真っ赤にした角田が荷物をもって、すれ違うように部屋を出ていく。
「明彦さんっ!」
非難しようと声を上げたところで、麗は明彦の腕に囚われた。