テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
門を越えた先の世界「エデン」は、まさに夢に見たような光景だった。
空には虹色の雲が浮かび、人間と獣人が笑い合いながら、共に楽器を奏でて暮らしている。
しかし、その平穏の裏で、村人たちはある「奇病」に怯えていた。
「……また一人、音が聞こえなくなったのかい?」
村の広場で、一人の人間の少女が呆然と立ち尽くしている。
彼女の周囲には、多くの獣人たちが心配そうに集まっていた。
「若井、涼ちゃん……あの人、何か変だよ」
元貴が鋭い黒い猫耳を立てて囁く。
元貴の目には、少女の周りの「色」が少しずつ吸い取られ、灰色に変わっていくのが見えていた。
この病の名は「無響病(サイレンス)」。
突如として周囲の音が聞こえなくなり、最後には自分自身の存在すらも「音」を失って消えてしまうという、エデン特有の病だった。
「……そんな。せっかく楽園に来たのに、消えちゃうなんて悲しすぎるよ」
元貴は少女に駆け寄り、その手を取った。
「大丈夫だよ。僕が、君の音を呼び戻してあげる」
「元貴、待て! お前、さっき門を開けるのに命を削ったばかりだろ!」
若井が止めようとするが、元貴は静かに首を振った。
「……わかるんだ。この病気、僕の『琥珀の核』が求めてる『何か』と関係がある。……僕にしか、治せないんだ」
元貴は少女の前で座り込み、優しく、透き通るような歌を歌い始めた。
「——……♪」
その歌声に合わせて、元貴の琥珀色の瞳が輝きを増す。
すると、少女の体を覆っていた灰色のノイズが、まるで元貴の体へと吸い込まれていくように移動し始めた。
「……あ、……鳥の声が、聴こえる……。……風の音が、するわ!」
少女に色が戻り、彼女は泣きながら元貴に感謝した。
しかし、その代償はすぐに現れた。 少女を救った直後、元貴の右手の先が、パッと消えて透明になったのだ。
「元貴!! 手が……!!」
涼ちゃんが悲鳴を上げ、元貴の手を握ろうとするが、涼ちゃんの指は空を切るように元貴の体を通り抜けてしまう。
「……あはは。……ちょっと、軽くなっただけだよ」
元貴は力なく笑うが、その黒い猫耳までもが、今や半分透けてしまっている。
元貴が他人の「絶望(ノイズ)」を吸い取るたびに、彼の肉体はこの世界の「音」としての実体を失い、消滅へと近づいていく。
その時、ノートに十一個目の音符が刻まれた。 『救済』。
「……元貴。お前、まさかこの先もずっと、こうやって誰かを助けるつもりか?」
若井が、悔しそうに拳を握りしめ、震える声で問う。
「……若井。……僕、思い出したんだ。……僕がエデンから出されたのは、捨てられたんじゃなかった。……この楽園が奏でる『歪み』を、外の世界の『愛』で薄めるために、お父さんたちが僕を託したんだって」
元貴の脳裏に、かつての記憶が鮮明に戻り始めていた。
エデンは完璧ではない。
誰かの幸せの裏で、必ず誰かが「音」を奪われる。
元貴はその不条理を終わらせるために、外の世界で若井と涼ちゃんという「愛」に出会わなければならなかったのだ。
「……残りの音符、全部集めるよ。
……それが終わった時、僕がどうなっても……二人は、ずっと音楽を続けてね」
「……バカなこと言うな。……三人で、
ハッピーエンドにするんだろ!」
若井が元貴の透けかかった肩を、不自由な右腕も使って必死に抱きしめる。
楽園の真実が明かされ、元貴の命は風前の灯火。 三人は、この歪んだ楽園の心臓部——「エデンの塔」へと向かう決意を固めた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!