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椎名遥陽~はるひ~
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【前編:スカイツリーの帰り道、男たちの視線】
スカイツリーでのダブル(クアドルプル)デートがお開きになり、蘭、和葉、青子、杏奈の女子4人が少し先を歩いて駅の売店へ向かう中、後ろに取り残された男子4人は、それぞれ大きなため息をついていた。
「……ったく、和葉のやつ、最後の最後でパフェに目を奪われおって。オレの覚悟は何やったんや……」
平次が愛用のキャップを深く被り直し、本気で肩を落としている。
「はは、どんまい服部。お前らしいっていうか何というか……」
新一が呆れ半分、同情半分の苦笑いを浮かべ、その隣では快斗が
「ま、焦らねーのが大人の余裕ってやつよ」
と白い歯を見せて笑っていた。そんな3人の少し後ろを、翔はポケットに手を突っ込みながら、いつものように気だるげに歩いていた。視線は、先の方で「和葉ちゃん、あのキーホルダー可愛くない!?」と杏奈がはしゃいでいる後ろ姿に向いている。新一がふと足を止め、翔と並んで歩調を合わせた。
「……翔。お前、さっき杏奈ちゃんに何か言いかけてただろ」
双子の兄の鋭い洞察力に、翔は苦笑して肩をすくめる。
「さあね。何のこと? 俺はただ、いつものようにゴリラって煽り倒して、いつも通り殴られただけだけど」
「ポーカーフェイスが上手いねぇ、名探偵の弟サマは」
今度は快斗が、新一の反対側から翔の首に腕を回してきた。その声は低く、クラスメイトの『黒羽快斗』ではなく、夜の闇を知る『怪盗キッド』のトーンだった。
「お前が何を気にしてるかは大体わかるぜ、翔。……自分の手が少しでも『闇』に染まってると、あいつらの眩しさに引け目を感じるんだろ? 巻き込んじまったらどうしようって、な」
快斗の言葉は、そのまま自分自身(キッドと青子)の関係にも当てはまるものだった。翔は一瞬だけ足を止め、夜の駅のホームに吹き込む冷たい風に目を細める。
「……アイツにはさ、ずっと普通の女の子のままで、笑って怒っててほしいんだよね。俺のせいで、あいつの日常を壊したくない」
そんな翔の背中を、新一が力強く、しかし優しくドンと叩いた。
「バカ言え。お前を『闇』に留まらせておくつもりはねーよ。翔、お前は俺の相棒だ。お前がいつかそのポーカーフェイスを外して、あいつに本当の気持ちを伝える時が来たら……その背中は、俺がいくらでも支えてやる」
「……新一」
「へぇ、言うじゃん名探偵。ま、そん時は俺も、極上のマジックで演出を手伝ってやるよ」
快斗がウインクすると、平次も前を歩きながら「おい! お前ら何サボっとんねん、置いてくぞ!」と大声を張り上げた。
翔は深く息を吐き出し、胸の奥の重みが少しだけ軽くなるのを感じた。
「……ありがと。でも、快斗の演出は派手すぎて杏奈が怒るから、結構」
「おい裏切り者!」
笑い合う男たちの視線の先で、杏奈が振り返って「翔! 早く来ないと置いてっちゃうからね!」と拳を握って叫んでいる。
「はいはい、今行くよ」
翔はいつもの気だるげな笑みを浮かべ、光の待つ方へと歩き出した。
【後編:ホワイトデーのサプライズ】
一ヶ月後の3月14日、ホワイトデーの放課後。江古田高校の校舎裏にある、普段は誰も来ない古い時計塔の前に、杏奈は呼び出されていた。
「なによ翔のやつ、わざわざこんな人気の無いところに呼び出しといて、遅刻とかいい度胸じゃない……!」
イライラと足を踏み鳴らし、カバンを握りしめる。バレンタインのチョコのお返しを期待していないと言えば嘘になるが、あのマイペースな幼馴染のことだ、どうせ「はい、ゴリラへのおやつ」とでも言って、コンビニのポテチでも渡されるのがオチだろう。そう思っていた。その時、頭上の時計塔から、カラン、と澄んだ鐘の音が一つ、静かに響いた。
「え……?」
杏奈が見上げると、時計塔の屋根の上に、人影が立っていた。夕日を背に受けているため逆光で顔は見えない。だが、白のパーカーのフードを深く被り、ポケットに手を突っ込んだその独特の少し猫背なシルエットは、見間違うはずがなかった。
「……翔? あんた、そんなところで何して――」
「杏奈」
屋根の上の翔が、不敵に、けれどどこか楽しげにニヤリと笑った。
「バレンタインの、お返し。……泥棒直伝の、ちょっとしたサプライズさ」
翔がパチン、と指を鳴らす。その瞬間、彼の衣服の裏に仕込まれたギミックが作動した。一瞬にして白パーカーの衣装が弾け、中から現れたのは、いつも通りの江古田高校の制服姿の翔だった。マジックの早着替え(クイック・チェンジ)だ。それと同時に、翔の周囲から、無数の純白の「羽」と、淡いピンクの「桜の花びら」がドッと湧き上がり、風に乗って杏奈の頭上へと降り注いだ。
「きゃっ……!? なにこれ、すごい……!」
夕日に照らされ、キラキラと輝きながら舞い落ちる花吹雪。まるで魔法のような光景に、杏奈が呆然と目を奪われていると、いつの間にか目の前に、屋根から軽やかに飛び降りてきた翔が立っていた。その手には、花吹雪の中から現れたかのように、一つの小さな、けれどお洒落な箱が握られている。
「……ほら、受け取れよ。ゴリラに似合うかどうかは知らないけど」
翔は少しだけ耳を赤くしながら、箱を杏奈の手に押し付けた。杏奈が驚きながら箱を開けると、中には、彼女の誕生石をあしらった小さな、けれど繊細なデザインのシルバーのブレスレットが入っていた。
「これ……」
「新一と、あいつ(快斗)にもアドバイスもらったんだよ。……まだ、付き合うとか、そういうのは俺の都合で言えないけど。でも、それ、お守り代わりに持っててよ。俺がずっと、あんたの隣にいるっていう証拠」
いつもの意地悪な煽りは一切ない。ハーフマスクを外した工藤翔としての、真っ直ぐで、内面に秘めた強い優しさが言葉に滲んでいた。杏奈はブレスレットをギュッと握りしめ、顔を真っ赤に染めながら、涙目を誤魔化すように叫んだ。
「……っ、バカ翔!! 演出がキザすぎるのよ、快斗のバカが移ったんじゃないの!?」
「あはは、手厳しいな。せっかく頑張ったのに」
「……でも、ありがと。すごく、綺麗」
杏奈が小さく、本当に愛おしそうに微笑む。その笑顔を見て、翔は確信する。言葉にして「好き」と伝えるのは、自分が完全に『光』の探偵として、彼女を完璧に守れるようになってからでいい。付き合っていなくても、言葉にしなくても。
二人の距離は、舞い散る花びらよりも優しく、確かに繋がっていた。時計塔のさらに上、夕日に染まる空を、一羽の白いハトが、二人の門出を祝うようにパタパタと飛び去っていった。
コメント
1件
ああ、今回もいい話だった……! 前編の男連中のやりとりがもう、胸に沁みるね。新一と快斗がそれぞれの立場で翔を支える感じ、まさに「相棒」って言葉が似合うよ。特に快斗が自分のことと重ねて翔の本心を代弁するところ、「夜の闇を知る者」同士の共鳴だなあって思った。 後編のホワイトデーは完璧だったよ! 時計塔からのマジック演出、花吹雪、そしてブレスレット。翔の「付き合うって言えないけど、隣にいる証拠」って台詞、不器用な優しさが滲んでて好きだな。杏奈が「バカ翔!」って叫びながら目を赤くしてる姿が目に浮かぶよう。言葉にしなくても想いが通じ合ってる空気感、とても良かったです。次も楽しみにしてます!