リディアは落胆していた。
部屋に戻り一頻り泣いた。完全に振られた……これが所謂失恋というやつだろうか……。
確かめるのが怖かった。だがそれでも聞いてみたのは、きっとどこかで自惚れがあったからかも知れない。
どんなに普段口悪く怒り邪険にされても、結局兄は何時も助けてくれて赦してくれた。自分は彼の特別なのだと何処かで思っていた。
だがそれは違った。一人盛り上がり期待していた自分が莫迦で情けない。
「リュシアン様の……嘘、つき」
人の所為にしてみる。期待させられた。だが、結局自分が悪い。リュシアンは悪くない。彼はリディアに可能性を教えてくれただけだ。
そう言えばあの時のリュシアンは様子がおかしかった。何故かディオンとリディアの話から、リディアを自分の妻にとか何とか話していたが……あれは一体何だったのだろうか。全くこちらの話しは聞き入れてもくれない様子であったし言い知れぬ狂気の様なものを感じ怖かった……。
それにマリウスが間に入ってくれていなかったら、あのまま彼に口付けをされていたかも知れない。
「っ……」
リュシアンが自分の唇に触れる所を想像してしまった。全身がぞわりとする。
別にリュシアンの事は嫌いではない。だが嫌だ
、気持ちが悪いと感じた。
不意に以前ディオンが寝ているリディアに口付けをしていた時の事を思い出す。その瞬間、顔に熱が集まる気がした。鼓動が高鳴り恥ずかしくなってくる。あの時は嫌だと思わなかった。ただ訳が分からず戸惑いはしたが、ひたすらに恥ずかしかっただけだ。寧ろもう一度して欲しい……。
「私、何考えてっ! はしたない……」
一人悶える。邪念を払う様に、頭を激しく振った。
でも今更だが、あの口付けの意味は何だったのだろう。あれがディオンの言う家族愛? なのか。なら兄は父や母ともあんな風に口付けを交わしていたのだろうか……。リディアには記憶にない。
「いや、あり得ない……でしょう。ない、ない! ある訳ない!」
流石のリディアだってそんな事は分かる。そこまで莫迦でも子供でもない。舌を絡ませるなんて、恋人や伴侶にしか普通はしない。いや俗に言う愛妾などともするのかも知れないけど……と下らない余計な事も考える。
「……」
兎に角兄妹にそんな事はしない。もししたとなればそれは……最早家族愛ではなく……。
「あー……」
瞬間、何かストンと落ちた感じがした。今凄く冷静になった。自分も大概だが、兄も大概だ。自分達は素直な性格とは程遠い。意地っ張りで面倒臭くて、酷く臆病だ。
「そっか……そうだったんだ」
恋は盲目、そんな事を良く耳にする。自分には無縁だと笑っていたが、実は今の自分がそれに陥っているとは夢にも思わなかった。何でこんな簡単な事に気が付かなかったのか。
「ふふ」
リディアは思わず声を上げて笑った。妙に可笑しかった。冷静になった瞬間、ディオンが自分の事をどう考えているのか分かってしまった。
これまでのディオンの言動を客観的に思い出す。全ての意味まではまだ分からない。でも、今思えば……。
「愛されてるなって」
昔から自分以外の他人に興味皆無の兄が、妹だからと陳腐な理由だけであそこまでしてくれる筈がない。酷い言いようかも知れないが、彼はそんなに優しい人間ではない。他人に無利益で何かしてくれる奉仕精神なんて皆無だ。それは妹である自分が良く心得ている。
ーーその兄がリディアには優しいのだ。
それはとてつもなく凄い事だ。口では突き放しても態度には出ている。
(きっと……いや違う。絶対に、兄も自分と同じだった。それなら、もう怖くない。だって自分だけじゃないのだから……二人なら大丈夫だもの)
「だから、覚悟してなさいよ。お兄様」
独り言つ。そして笑う。
その時、ぐぅ~とお腹が鳴った。
「お腹、空いた……あ、そうだ」
気が抜けたらお腹が空いてきた。リディアは先程マリウスから貰ったハンカチを取り出し、アプリコットを摘み口に入れた。
「美味しい」
甘くて、ちょっとだけ酸味があって絶妙だ。次マリウスに会ったら、また礼を言わなくてはと思う。何時も彼は自分を助けてくれる。彼もまた変わり者だが、リディアには優しくしてくれる。
リディアは眠気を感じそのままベッドで眠りに就いた。
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