私達が城に着くと城は燃えており、あたり一面火の海だった。
その中を探していくと、城主であろう者の首を踏み潰す八左ヱ門が見えた。
その顔は無表情でとてもおそろしかった。
が、包帯の剥がれた顔を触った瞬間の八左ヱ門はとても悲しそうで、見ていられなかった。
「八左ヱ門!」
たまらず名前を叫ぶが、気づいてないのか顔もあげない。
「八!」
「はっちゃん!」
「左の字!」
雷蔵、兵助、勘右衛門も声を上げた。
やっと気づいたのだろう八左ヱ門が顔を上げた。
その顔は信じられないとでも言うように驚きに満ちている。
「……何で、」
八左ヱ門から少し離れたところで止まった私達は、静かに八左ヱ門を見つめた。
「……雑渡さんから全部聞いたよ。八…。」
雷蔵が呟くと、八左ヱ門は俯きふぅ、と息を吐いて顔を上げた。
「何のことだよ?俺は学園長に頼まれて城を落としただけで、」
「もういい!」
「っ。」
ニッコリ笑う八左ヱ門に、私はたまらず叫ぶ。
「言っただろ!全部聞いたんだ!」
「俺達が死んだことも、左の字が自分の死を偽装したことも、この城が俺達を殺した城だということも。全部知ってる。」
私に続いて勘右衛門がそう言うと、八左ヱ門の表情がなくなった。
「っ…はっちゃん?」
さっきまでの笑顔がどこにいったのかというくらいごっそりと表情が抜け落ちた顔は、自分たちの知っている八左ヱ門とあまりにもかけ離れていた。
「……そうか。」
「八左ヱ門。一緒に帰ろう。」
雷蔵が八左ヱ門に近寄る。
「…どこに?」
小さく笑いながら言った八左ヱ門は、近づいてくる雷蔵から距離をとった。
「え?」
「俺はこの時代の者じゃない。ましてや学園の生徒でもない。」
「…でも!」
「それに俺はもう消える。」
八左ヱ門が上げた左手が、雑渡のときと同じように薄くなっているのが見えた。
「やりたい事は全部やったし、あとは未来に帰るだけだ。」
何も感じ取れないその表情に、私は八左ヱ門のもとへと走り抱きしめた。
避けることもできたろうに、八左ヱ門は大人しく私に抱かれた。
「……どうしたんだよ三郎。らしくないじゃないか。」
八左ヱ門の声が震えている。
寂しかっただろう。
辛かっただろう。
もう、限界なんだろう?
我慢なんてしなくていい。
泣きたければ、
「泣けばいい。」
「…な、んの、ことっだよ。」
肩が濡れるのがわかる。
雷蔵、勘右衛門、兵助も八左ヱ門を抱きしめた。
「八、我慢しなくて良いんだよ。」
「俺達がついてる。」
「安心するのだ。」
「っ、馬鹿だな。お前達が抱きしめるべき相手は、俺じゃないだろ。」
私の肩をトンッと押し、少し離れた八左ヱ門は、悲しそうに、でも、嬉しそうに笑っている。
すでに体は四分の一が消えている。
「はち、」
ゴホッ
雷蔵が八左ヱ門を呼ぼうとしたとき、八左ヱ門の口から血が溢れた。
「え、」
「あー、やっぱ初見はキツかったか、」
近くの木にもたれかかりズルズルと座った八左ヱ門の言葉に、全員の顔がこわばる、
「はっちゃん、まさか毒、」
「あぁ、敵の忍びとやったときにな。流石に十人いっぺんにはきつくてな、斬られた苦無に塗られてたんだろうな。」
顔は真っ青なのに、何ともないように言う八左ヱ門。
「解毒剤はっ、」
「ない。言っただろ、初見だって。」
「そんなっ!」
「……そんな顔すんなよ。もう消える人間なんだから。」
また、八左ヱ門の体が消える。上半身しか見えなくなった。
「……最後に、お前らの顔が見れて良かった。」
「何言ってるんだ左の字!」
「俺のせいでお前らが死んで、ずっと生きた心地がしなかった。もう死んでんのに、お前らを無意識に探してた。」
ゴホッ
八左ヱ門がまた血を吐く。
「はち!」
そばに寄ろうとする雷蔵を、勘右衛門が静かに止めた。
「この5年で、上手く表情が作れなくなった。お前らが好きだと言ってくれた笑顔だって、素じゃもうできない。自分がどんなだったかなんてもうわからない。なのに過去にまで来て、まさか昔の自分を演じることになるなんて。」
八左ヱ門の上半身も透け始め、胸より下は何もない。
「ほんと、俺は贅沢もんだな。」
困ったようにぎこちない笑みを浮かべた八左ヱ門は、そのまま消えていった。
「はち!」
「はっちゃん!」
「どうしよう!八左ヱ門、あの状態じゃ!」
「落ち着け、雷蔵。」
「三郎、落ち着いてられないよ!あんなに苦しそうで……死んじゃったら!」
「八左ヱ門は未来に行ったんだ。だったら、あの毒を調べ、解毒剤を作って、あいつを救えばいい。未来で。」
「確かに。」
「猶予は5年だ。私達なら大丈夫だ。だろ?」
『あぁ!』
「おーい!お前ら〜!」
遠くから聞き覚えのある、私たちが何よりも大切な存在がやってきた。
「はっちゃんだ。」
「そういえば、今日が帰ってくる日だったけ。」
「このことは内緒のほうがいいかな?」
「だな。と言っても、学園のみんなが言ってしまうかもしれんがな。」
「何話してんだよ?せっかく帰ってきたのにお出迎えもなしかよ。早く帰ろうぜ!」
ニカッと笑う八左ヱ門の顔と、先程未来に帰った八左ヱ門のぎこちない笑みが重なる。
「そうだな。」
絶対失わせない。
この笑顔を守ってみせる。
帰ろう。
私達の学び舎へ。
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