テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朔弥「」
ルシアン『』
人間【】
人喰《》
今日は、森の空気がやけに澄んでいた。
みんなが狩りや準備で出ていて、住処の周りにいるのは僕だけだった。
シアンは『すぐ戻る。』とだけ言って姿を消した。
いつもなら近くにいて、気配が残るから安心できたのに、今日はそれが無い。
……だからだと思う。
ちょっと外を歩いてみようかな、って気になってしまった。
「少しくらいなら、大丈夫だよね…。」
森の道は、何度も歩いている。
薬草が生えている場所も、果実がなる木の位置も覚えている。
だから今日も同じルートだと思った。
……最初は。
気付けば、木々の並び方が記憶と変わっていた。
聞いた事のない鳥の鳴き声がして、風の匂いが違っていた。
「……あれ…?」
胸がゾワッとして、僕は足を止める。
見覚えのある薬草が、木が、道がない。
さっきまで歩いてきた道を折り返そうと振り返ったら、道が消えていた。
こんな時のためにシアンが教えてくれた戻る印も──
何故か見当たらなかった。
「……迷った?」
口に出した瞬間、心臓がヒュッと縮んだ。
いつも感じる“人喰の世界の気配”が弱い。
代わりに、懐かしいような、胸の奥を刺すような──
“人間の匂い”がした。
「なんで、こんなところまで…?」
木々の隙間から差し込む光が、見たことのある明るさになっていく。
ここは、人間界に近い場所だ。
僕が、ずっと戻らないように気を付けていた場所。
シアンに「近付くな。」と言われていた場所。
胸の奥がギュッと痛くなる。
「シアン……。」
空気が震えた。
まるで森全体が怒っているみたいに。
葉っぱがザワザワ揺れ、強い風が巻き起こる。
「……いた。」
低い声がすぐ後ろから落ちてきた。
振り返ると──
木の影からシアンが姿を現した。
普段よりも息が荒くて、髪が乱れている。
鋭い目は、焦りと怒りでギラギラしていた。
大きな手で僕の肩を掴むと、そのまま胸の前へ引き寄せられた。
「…ご、ごめんっ…ちょっと歩いてたら、道が──」
『黙れ。』
いつもなら絶対言わない言葉だった。
でもそのあと、シアンは僕の髪に顔を埋めるようにして息を吸った。
『……無事で良かった。』
喉の奥で押し殺した、切れそうな声だった。
僕の胸がギュッと熱くなった。
「シアン……。」
『勝手にいなくなるな。』
肩を掴む指先が震えている。
『お前がここまで来たと知ったとき、心臓が消えた気がした。』
こんなシアン、見たこと無かった。
怒ってるのに、怖いくらい優しい。
「ごめん…これからはちゃんと気を付ける。」
言うと、シアンは眉を寄せて、僕の頬に手を当てた。
『戻る。二度と、一人で歩くな。』
命令みたいに言うのに、その声は今にも泣きそうな子供みたいだった。
僕は黙ってシアンの服を握りしめた。
「……うん。」
その返事を聞いて、シアンはようやく息を吐いた。
強い腕が、守るように僕を包む。
怒りと、安心と、愛情に似た何かが混ざった抱きしめ方だった。