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『すぐに戻るから安心して待つのじゃ。うむ。そこのベンチに座ろうかのぅ』
屋台と屋台の間には、ベンチやテーブルなども結構な数が置かれている。
ゴミ箱らしき物も設置されていた。
そっと様子を窺うと、どうやらとあるゲームで見かけた生きているゴミ箱と似た物らしく、ゴミを寄越せ! とばかりに大きな口をばくばく開閉されてしまう。
残念ながらランディーニの隠蔽は、ゴミ箱には効果がないようだった。
『他にはどんな物が食べたいんじゃ?』
「うーん。野菜系、お肉系、お魚系をそれぞれちょこっとずつ食べたいかな。せっかくだしね。できれば異世界っぽい物に挑戦してみたいの……」
こちらには漫画肉もありそうな気がする。
ドラゴンの肉で漫画肉の形状とかどうだろうか?
あるのならば是非とも食べてみたい。
『ふむふむ。よしよし。幾つかピックアップできたぞ。ノワールが戻り次第行ってこよう』
「ありがとう、ランディーニ。自分の好きな物も一緒に買ってきてね」
『言われずとも!』
『そこは言われてからにしなさい。全く貴女は主様に対して敬意が足りません。さぁ、主様。熱いのでお気を付けてお召し上がりくださいませ』
「うわー! 凄く美味しそう! 早速いただくね?」
屋台でも高級志向のお店だったのだろうか。
片手持ちの木でできたスープカップを手渡される。
覗き込めば熱々の証拠に湯気が立っていた。
飴色のオニオーンがたっぷり入ったスープの上に、程良く焼かれたフランスパンに限りなく近しいパンが載っていて、さらにはパンが見えなくなるほどの粉チーズがかかっている。
「……濃厚……凄く美味しいね……」
でもやっぱり、夫の作るオニオングラタンスープには及ばなかった。
『では、行ってくる!』
ほふぅと口から熱気を吐き出す私を見たランディーニが飛んでいく。
すぐに見えなくなってから、ふと気が付いた。
「……ランディーニって、お金、持っているのかしら?」
ノワールには明朗会計のスキルがついている。
家計を管理してもらおうと、契約が締結してから程なくして、それなりの……ノワール曰く、王族並みの使い方をしても、死ぬまでに使い切れないらしい……金額をわたしてあるが、ランディーニには、お小遣いすらわたしていなかった。
『その辺りは安心してくださいませ。私の方から一定額をわたしてあります』
「それなら安心だね、良かったわ。そういえばノワールは食べないの?」
『メイドは主様と一緒に食事をしないものです……が。主様は一緒の食事を希望されますか?』
「できれば一緒に食べたいな。主人もいないしね……」
特に夕食の席には決まって夫がいたので、どうにも物足りない気がしてしまう。
『では、失礼して。御一緒させていただきます。主様には、こちらをトッピングなさいますか?』
私の寂しさを払拭すべく珍しく軽い口調のノワールが差し出してきたのは、小さな陶器の入れ物に入ったバター。
『こちらではターバと申します。入れますとコクと香りがより一層豊かになるのです』
「美味しそう……でも、カロリー的なものがあるよ……ね?」
『こちらのターバは、通常のターバよりカロリー控えめ仕様となっておりますので、存分にお使いくださいませ』
ずずっと差し出されるので、小匙でこそげ取って入れる。
掻き混ぜるまでもなく、スープに溶けいった。
「うーん。これはまた! 美味しい……」
ノワールのお薦めに外れはないだろう。
分かっていても感動してしまう美味しさだった。
向こうに戻ったら夫のオニオングラタンスープにもバターを落としてみたい。
『またせたのぅ! さ、お望みの物を買ってきたぞぃ!』
首から大きな籠をぶら下げたランディーニが戻ってきた。
「大丈夫? 随分と重そうじゃない!」
慌てて手を伸ばした私より一瞬早くノワールが紐ごと籠を取り外した。
『籠には重量無効の付与がかかっているから大丈夫じゃよ』
言いながらもランディーニは首をぐるっと回した。
何時見てもフクロウの首が360°回転する様子には感動してしまう。
『貴女にしては良い選択ですね』
籠の中を覗いていたノワールは満足げに頷いた。
『……褒められてもデレはせんぞ?』
『……主はさておき、私にデレられても気持ち悪いだけですが、何か?』
本当に彼女らは何処から向こうの世界の、かなりマニアックな知識を仕入れてくるのだろうか。
夫がそつなく情報を流している気もするが、どうにも不必要な情報が多い気がして仕方ない。
『さぁ、主様。どうぞお召し上がりくださいませ』
ノワールが籠の中から皿を取り出してくれる。
お皿もスープカップと似た系統の物だった。
何処のお店でも売っていて、別料金で購入できるのかもしれない。
木の温もりがほんのりと感じられる。
驚くほど軽いのは屋台に向いている点だろう。
「これは何かしら?」
『キャベキャベ巻きじゃな。野菜たっぷりの巻物じゃ。異世界屋台定番料理の一つと言われておるぞ』
クレープ巻きのように大きなキャベツにいろいろな野菜が巻かれている仕様。
紙ではなく食品包装フィルムに似た物で包まれている。
これはもしかして……?
『……主様の想像通り。ラップに似た物はスラップと申しまして、御方の発明品の一つでございます』
ここでも夫が大活躍だ。
どんな分野でも何かと関わっている気がして恐ろしい。
『スラップは食べても問題ありませんが、屋台の場合は衛生的に食べない方を推奨いたします。入っている野菜はシモヤン(もやし)キャロト(ニンジン)レンソウ(ほうれん草)プエンド(スナップエンドウ)でございますね。味付けは……』
『野菜の旨味を味わってもらおうと思ってな。パウダーソルトを極々少量かけただけじゃよ』
「これって、シモヤンとプエンドは茹でてるけど、キャロトとレンソウは炒めてるよね?」
『その通りでございます。この屋台は御両親が作った野菜を存分に楽しんでほしい息子の苦心作ですね。屋台料理と思えぬほど凝っておりますし、品質管理も安全です』
「それなら、スラップも一緒に食べても大丈夫じゃないの?」
ノワールとランディーニが顔を見合わせて肩を竦める。
『今回は屋台店主の心意気を汲んで、剥がしてお召し上がりくださいませ』
『そこまでスラップに執着するとは思わなかったのぅ。御方と奥方のお国は、食べ物に対して執着が強いとは聞いておったのじゃが……うむ。後ほど新品スラップを購入しておこう』
困らせてしまったようだ。
薄いので食感はほとんどありませんよ。
スラップを食べるのなら、スライムゼリーのお菓子をお食べなさい。
呆れた夫の声も聞こえた。
「……主人にもスライムゼリーにしておきなさいと言われたので、スラップを食べるのは止めておくね……」
『では、デザートにスライムゼリーを使った物を探しておきましょう。御帰宅後に紅茶と一緒にお召し上がりくださいませ』
言われて頷く。
大きな口を開いて噛み締めたキャベキャベ巻きは、野菜の甘みを感じられて大変美味だった。
パウダーソルトのおかげなのか、今まで食べたこちらの野菜よりも甘みが強い気がする。
食感も絶妙だった。
茹でもしくは炒めているにも関わらず、しっかりと特徴のある食感が残っている。
「うわぁ……美味しぃ……野菜の甘みを屋台料理で感じられるとは思わなかったよ……」
『ええ。良い食感の食材を選択しましたね』
『我も食い意地がはっておるからのぅ……うむ、助かる』
屋台では何種類かの野菜から選べるようだ。
食感もそうだが、彩りも良い。
味も文句のつけようがなかった。
ランディーニの料理を選ぶセンスは抜群らしい。
ノワールが甲斐甲斐しくランディーニが食べやすいようにキャベキャベ巻きをほぐして与えている様子に、微笑が浮かぶ。
『こちらはリンハーグ。塩漬けニシンを一日だけ漬けた物を戻してそのまま食べる料理になります。頭も骨も内臓も抜いてありますから、ちゅるんと食べてください』
刻みタマネギがないのを抜けば、オランダのハーリングという料理そのものだ。
日本からの転生者がいるのなら、オランダからの転生者がいてもおかしくないのだろう。
異世界に来て帰れないならせめて故郷の料理をと思ったのかもしれない。
夫に豚汁を願った転生者のように。
生の魚を愛する日本人に向いた味だったと夫が教えてくれた通り、塩加減が最高だった。
尻尾を掴んで空を向き、ぱくぱく食べるのは初めての経験で楽しい。
隣をちらりと見れば、同じように尻尾を摘まんだノワールがランディーニに食べさせていた。
フクロウの小さい口だというのに、私より早く食べきってしまったのには驚かされる。
ノワールに至っては丸呑みしてしまった。
目を閉じて口の中で咀嚼しているので、お気に入りの料理なのだろう。
『コッコーの丸焼きは御方が驚いておられたので買ってきてみたのじゃ。ふっふ! 奥方もびっくりしておるの』
夫の驚きも分かる。
鶏の丸焼きが太い串に刺さっているのだ。
クリスマスに七面鳥の丸焼きを作った経験があるが、さすがに串に刺した物は初めて見る。
『龍人族などは丸呑みにしますが、普通は切って食べるものです。よろしければお切りしましょうか?』
「お願いします」
ノワールの瞳がきらっと輝いた気がする。
細いナイフで大きめの皿の上に置かれたコッコーの中央に切り込みを入れたと思ったら、何故か良い感じに切れた。
一瞬の出来事だった。
目を丸くしている私にコッコーの肉が差し出される。
手が汚れないようにスラップが巻かれていた。
「ノワールには『不可能』はない気がしてきましたよ……」
『まだまだ修行の足りぬ身でございます。日々精進いたしましょう』
『奥方よ。飲み物はどうじゃな? コッコーを食べる前に、リンハーグ臭を消した方が、より美味しく楽しめそうじゃぞ』
「ニシンよりは香りも柔らかい感じですけど、飲み物は欲しいです!」
『そうじゃろう、そうじゃろう。冷たい麦茶とホットのぶたんミルクを買ってきたぞ』
「のぶたんミルク……豚の乳って、新しい……」
向こうでは豚の乳は飲まれていない。
味は良いらしいが搾乳が難しく、また量が取れないので販売しにくいという話を聞いた。
「でも、そちらは食後にして、麦茶をいただきます。あ! 甘いんだね」
冷たい麦茶はほんのりと甘かった。
私は甘くない麦茶も好きだが、甘い麦茶も好きだった。
『……砂糖を入れすぎですよ』
『老い先が短いのじゃ。好きに飲ませてほしいのぅ』
嘴で小瓶の中身を振りかけているランディーニをノワールが咎めたが、ランディーニは反論している。
カップの中を覗き込めば、溶けきっていない砂糖が沈んでいた。
「私も、少し控えめにした方がいいんじゃないかなぁ、と意見します」
首を一回転させたランディーニは羽根を使って、砂糖がよく溶けるように棒で掻き混ぜている。
何とも可愛らしい様子を、動画で映したいと思いつつ、コッコーの肉に齧りつく。
じゅわりと脂が滲み出た。
皮はぱりぱりで、中身はやわらかい。
理想の焼き加減だった。
「うーん。コッコーも美味しいね」
『そうですね。女性としましては、やはりカロリーが低いのがポイントなのでしょうか』
話すノワールの喉からばりばりと骨を噛み砕く音が聞こえるが、気にしない。
それぞれ半分ずつ食べていたので、残りをもう一周する。
ノワールもランディーニも健啖家のようだ。
しかも美味しそうに食べるので、一緒に食事をする相手としては嬉しいタイプだった。
〆に飲んだのぶたんミルクは想像していたより濃厚で、思わず冷たいのも飲みたいと言い放ってしまった。
お土産に最適でしょうと頷いたノワールの目が細められれば、食後の運動じゃのとランディーニが買いに行ってくれた。
次いでとばかりにカラフルなスライムゼリーも大量に購入してくれたのを見て、屋敷で待つゴーストの子供たちも食べられるかな? と首を傾げた。