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うわあ……「ごめん」と「ありがとう」の間に隠れた「生きたかった」という言葉、すごく胸に刺さりました。朝の音が変わってしまった母の視点と、声を奪われたあの子の内面が静かに交錯して、読んでるこっちの呼吸も止まりそうだった……。ゆろさんの描くこのリアルな疲労感、何もかもが重たくなる描写、本当に丁寧で。読めてよかったけど、めちゃくちゃ泣きそうです🥀
「朝の音」
『返事のない朝
朝、目覚まし時計が鳴った。
七時。
けれど、あの子は目を開けなかった。
眠っているわけではない。意識はずっと前から戻っていた。ただ、まぶたを開ける理由が見つからなかった。
カーテンの向こうで、町が動き始めている。
車の音。 隣の家のドアが閉まる音。 遠くで、子どもが泣いている声。
みんなは今日も、今日を始めている。
あの子だけが、昨日の底に取り残されていた。
枕元には、母からのメッセージがあった。
起きたら連絡してね。
今日は無理しなくていいから。
あの子は画面を見つめた。
「無理しなくていい」という言葉が、優しいのか、怖いのか分からなかった。
何もしなくていい。 頑張らなくていい。 生きているだけでいい。
そう言われても、生きていることそのものが、彼には途方もなく重かった。
病気になる前は、朝が嫌いではなかった。
コーヒーを淹れ、駅まで歩き、仕事場で誰かとくだらない話をした。帰りにコンビニで新しいお菓子を買うこともあった。
そんな日々が、特別なものだったとは知らなかった。
失って初めて、それがどれほど大切だったのか分かった。
彼はスマートフォンを手に取った。
母の名前を開く。 文字を打つ。
ごめん。
消す。
ありがとう。
それも消す。
何度も打ち直して、最後には何も送らなかった。
部屋の中には、薬の袋と、読みかけの本と、洗濯できていない服があった。どれも、以前のあの子なら簡単に片づけられたものだった。
今は、その一つ一つが山のように見えた。
昼を過ぎても、あの子から返事はなかった。
母は何度も電話をかけた。呼び出し音は、静かな部屋の中で長く鳴った。
その頃、あの子は窓のそばに座っていた。
空は薄い灰色だった。
「もう疲れた」
声に出したのか、心の中で言ったのか、自分でも分からなかった。
うつ病は、悲しみだけではなかった。
悲しいと泣けるなら、まだ何かが動いていたのかもしれない。
彼の中にあったのは、底のない疲労だった。 何をしても意味がないという感覚。 誰かに助けを求めることさえ、迷惑に思えるほどの孤独。
本当は、助けてほしかった。
本当は、誰かに見つけてほしかった。
けれど、その願いは声になる前に、いつも消えてしまった。
夕方、母が家に来た。
鍵を開ける音がして、名前を呼ぶ声がした。
何度も、何度も。
返事はなかった。
その日、彼の時間はそこで止まった。
母は、彼の机の上に置かれたスマートフォンを見つけた。画面には、送られなかった文章が残っていた。
ごめん。
ありがとう。
それだけだった。
母はその二つの言葉を、何度も読み返した。
謝らなくてよかった。 ありがとうなんて言わなくてよかった。
ただ、「助けて」と言ってくれればよかった。
けれど、言えなかった彼を責めることもできなかった。
病気は、ときに人から言葉を奪う。 助けを求める力さえ奪う。 そして周りの人には、本人がどれほど限界に近いのか、見えなくしてしまう。
翌朝も、目覚まし時計は七時に鳴った。
町はいつも通り動き始めた。
けれど母にとって、その朝から世界は変わってしまった。
彼が最後に見ていた灰色の空を、母は長いあいだ見上げられなかった。
もし、あの日、もう一度電話をかけていたら。 もし、「大丈夫?」ではなく、「今から行くね」と言っていたら。 もし、あの子が「助けて」と言えたら。
答えは、どこにもなかった。
ただ一つだけ、母は後になって知った。
「ごめん」と「ありがとう」の間には、本当はもう一つ言葉があったのだ。
――生きたかった。』
その言葉だけが、最後まで僕の中に残っていた。
そんな走馬灯をみた。
ごめんね
そして
ありがとう